奴隷を買ったら王妃になった。
「君ってさ、純粋でとても優しい良い子なんだけど…なんかつまらないんだよね」
「そんな…」
「政略結婚の相手が君でよかったと思う。これは本当。でも、浮気くらいは許してほしいな」
生まれながらの婚約者。とても優しいお兄さん。大人な彼が好きだった。でも、浮気を知って問い詰めたらこれ。私は結局、彼のことを何も知らずに恋をしていたのだろう。恋に恋をしていたのだ。
「…つまらない、か」
自分でもそう思う。唯一の長所は真面目なところくらい。面白みはないだろう。
「悪い子になれば、振り向いてもらえるかな…」
彼の本質を少しは理解したはずなのに、私は諦めきれなかった。
私は裕福な公爵家の娘。お金ならある。ということで、お兄様に闇オークションに連れてきてもらった。事情を説明して、悪い子になりたいと言ったら頭を撫でてくれたお兄様。悪い子になるならここだと手を引いてくれた。
お兄様は私と違って、なんでも知っていて頼りになる。欲しいと思うモノがあれば言えと言われて、闇オークションを見てみる。
本当に色々なモノが出品される。ここにいるだけでなんだか悪い子になった気分…だったのだけど。
「続いては、今は亡き国の元王子です!」
出品された愛玩用奴隷の彼を見て、私は一目で惹かれてしまった。それは、婚約者に対する恋とはまた違う…なんとも言えない甘美な感情。
「お兄様…」
「うん?」
「私、彼が欲しいです」
「…マジで?競り落とせるかな」
お兄様は私を否定したりせず、私のために競り落とそうとしてくれる。そんな優しいお兄様が大好き。
「…よし、競り落とせた!持ってきたお金足りるか?もしあれなら俺も出すけど」
「大丈夫、ギリギリ足りますわ」
「真面目に貯蓄してた甲斐があったな!」
頭を撫でられて、幸せな気分になる。そして、競り落とした愛玩用奴隷の彼を受け取る。猿轡をされてギチギチに拘束された彼。家に連れて帰って、お父様に事後報告。怒られたけど、彼を飼うことは認められた。これで元王子様の彼は、私専用の愛玩用奴隷。
「お嬢様、大丈夫でしょうか…?」
「わからないけど、さすがにいつまでも拘束しているわけにはいかないよ」
私は侍女に彼の猿轡と拘束具を外させる。彼は、意外と大人しかった。
「…」
「…えっと、お風呂に入る?」
私がそう声を掛けると、彼は頷いた。私の監視付きで、彼はお風呂に入る。汚れを落として、髪を乾かした彼は有り得ないほど美しかった。
「…綺麗」
私がそう言うと、彼はちらりとこちらを見てまた視線を落とした。
「どうしようかな…」
この美しい生き物を、どうするべきか。
「…うーん。よし!」
私はとりあえず、彼を着飾らせることにした。
「お嬢様、本日はお招きありがとうございます。お嬢様の指定通り、品の良い紳士服や装飾具をたくさんお持ちしました」
「ありがとう!さあ、好きなものを選びなさい」
「…?」
「貴方の気に入ったもの、全てを買ってあげる」
「…!」
彼は目を見開く。それにしても、せっかく猿轡を外したのに喋ってくれない。寂しい。
「…これ」
「…まあ!綺麗な声!」
彼は声まで綺麗だった。感動する。
「他に欲しいものは?」
「こっち側にあるやつ全部とこれ」
「ええ、あとは?」
「これとこれも」
「他には?」
彼の欲しがるもの全てを買い与える。
「よし、とりあえずこんなものね」
彼に服と装飾具をプレゼント。彼は私の愛玩用奴隷なので、私の部屋に彼用のクローゼットを設置してそこに入れておく。
「んー…次は…」
そうだ。
「お腹空いてない?」
「…うん」
「そのうんはどっちだろう…何か食べる?何食べたい?」
「果物」
「わかったわ」
私は侍女に頼んで果物を買い漁ってきてもらった。
「好きなものを好きなだけ食べなさい」
「…うん」
「ふふ。可愛い」
彼は果物に手を伸ばして、一生懸命に食べる。その姿がとても可愛い。
「美味しい?」
「美味しい」
「ふふ」
彼を見ているだけで、甘美な感情が溢れ出す。もう、婚約者のことなんてどうでもよかった。
「そろそろ寝る?」
「…うん」
「こっちにいらっしゃい」
彼を抱きしめて寝る。彼はなすがまま。
「…そういうことは、しないの?」
「ん?うん、しないよ。そのために貴方を買ったわけじゃないの」
「じゃあなんで…」
「貴方があまりにも綺麗だから。貴方をただ、近くで見ていたかったの」
「…変なの」
こうして私達の日々は始まった。
彼と過ごして一週間。彼のことは極力自由にさせた。私はただ、彼の行動を見守るだけ。
彼が黒魔術の本をうちの書庫で探しても、読み込んでも、私は何も言わない。
彼が出て行こうとしている今も。
「…止めないの?」
「終わったら、帰ってきてくれればそれで」
「…帰ってこないかも」
「それでも、いつまでも待つわ」
彼は、初めて私に微笑んだ。
「…貴女に買われてよかった」
「また後でね」
「…うん」
彼は、行ってしまった。けれど私は待つ。いつまでだって。
その後、遠くの国で革命が起きた。奴隷達が反乱して、国を乗っ取った。しかし、その言い方は実はちょっと間違っている。本来その国は、奴隷に落とされていた彼らの国だった。彼らは反乱を起こして、自分の国を取り戻したのだ。
そしてそれを先導したのは彼らの国の元王子様。彼は革命に成功すると、国王として祭り上げられた。そして。
「…迎えにきた」
「私でいいの?」
「貴女がいい」
彼は何故か、私のところに戻ってきた。…というより、迎えにきた。
「お嫁さんになって」
「妃になれるほど、特別な能力はないけど」
「貴女は僕が守る」
その真剣な表情に私は笑う。
「さすがに婚約者のいる相手に求婚するのは、一国の王としてどうなの?」
「奪ってでも貴女が欲しい」
「ふふ。そう。お父様とお母様とお兄様には話したの?」
「…うん。不誠実な貴女の婚約者には見切りをつけて、貴女を僕に託すって。ただ、破談になる分払うべきお金は僕が負担する。大丈夫」
「そう。…本当に、ありがとう」
私はそう言って彼に笑いかけた。彼はそれを見て泣いた。
「本当は、離れるの辛かった。寂しかった」
「あらあら。仕方のない人」
涙をハンカチで拭いてあげる。
「ずっと虐げられてきて、初めて優しくされた。僕は貴女が本当に好き。愛してる」
「私も貴方を愛しています。…貴方の妻にしてください」
こうして私は、婚約者とは婚約を破棄して一国の王妃となることとなった。