使い魔に愛された見習い魔女
魔女、魔法使いは使い魔を用いる。
それは世間一般で普遍的なイメージではないだろうか。
そんな使い魔を何千、何万と契約したとしたら、その魔法使いはどれほどの存在なんだろうか。
これは多くの使い魔に愛され、のちに「魔に愛された大魔女」「一人当千の魔物使い」「もうあいつひとりでいいんじゃないかな」と言われた少女の最初の物語である…。
「んぁー!!!寝坊したぁ!!!」
朝は誰しもが大慌てで支度する時間である。
そして、例外なくとでもいうべきか、その部屋の中ではドタバタと騒がしく、一人の少女が動き回っていた。
「もー!今日は使い魔召喚の日なのに!!!」
誰が聞いているわけでもないのに一人騒ぐその少女は、その部屋で慌ただしく支度を進めていた。
支度を済ませた彼女は、部屋に飾られた写真立てに朗らかな笑みを浮かべつつ、こう言った。
「行ってきます!」
勢いよく部屋を飛び出し走り始めた彼女の名前はリン・ツキギシ。
ここ、エレメンタルアカデミーの一年生、いわば新入生である。
性格は明るく、柔らかな印象を与えた彼女は周囲からの評判もとてもいい少女だった。
チャームポイントは今も元気に飛び跳ねている寝癖たち…ではなく、笑顔になると見え隠れする八重歯。
そして背中まで伸ばし、緑色のインナーカラーが映えるウェーブがかった黒髪。その髪をラビットスタイルのツインテールにまとめていた。
そんな彼女が寝坊して走っているにも関わらず、笑顔でアカデミーに向かっているのには理由があった。
「わぁー!待って待ってぇ!」
アカデミーの入口である校門まであと少しというところで、気づけばアカデミーの校門が締まりかかっていた。
リンはすんでのところで滑り込んだ。
「せ、せーふ…」
「…セーフではありませんよ。リン・ツキギシ」
そう声をかけられ、ギギギとぎこちなく振り向くと、そこには門を閉じている最中だった主任教授の姿があった。
「ミハーレ先生…おはようございます」
「はい、おはようございます」
彼はシュービック・ミハーレ主任教授。
教鞭をとることはあまり多くないが、アカデミーの教授陣を束ねるトップだ。
初老を過ぎた年齢で、切れ長で彫りの深い目にメガネをかけ、より厳格さがにじみ出ており、学生たちの間では「怖い先生」と認識されていた。
「本日は貴女のクラスで使い魔召喚の実技がありましたね」
「うっ…はい」
リンは今日ほどに寝坊したことを後悔した日はないだろう。
リンの楽しみだった気分はみるみるしぼんでいくのだった。
「生まれて初めての使い魔召喚…貴女や他の生徒たちにとっても楽しみであることは理解しています」
リンの姿はもはや見えなくなるほどに縮こまっていた。
「ですが、だからといって浮ついた心のまま居られるのは貴女方生徒たちにとっても、これから召喚される使い魔たちにとっても迷惑になりかねません。ゆめゆめ、お忘れなきように」
「…わかりました」
おっちょこちょいでそそっかしいところがあることを自認しているリンにとってはとても耳の痛い話となってしまった。
苦々しく思っていると、ふとシュービックの雰囲気が柔らかくなるのをリンは感じ、顔を上げた。
「…お話は以上です。さぁ教室に向かいなさい。今なら授業開始には間に合うでしょう」
「あ…は、はい!」
「使い魔召喚、がんばってください」
「…!ありがとうございます!」
最後に一礼して、リンは教室へと急ぐのだった。
ミハーレ先生は厳しいけど、そんなに怖い人じゃないのかも?と感じながら。
「ふむ…」
その場で校舎の方へ向かうリンの後ろ姿を眺めながら、シュービックは息を漏らした。
するとどこからともなく現れた、手のひらサイズの光がシュービックの周りを飛び始めた。
「どうしたシルフィー?…え?私が楽しそうだって?ふふふ…それはそうだろう」
そう言うとシュービックは自分のメガネに映るリンの姿を注視した。
するとリンの体からおびただしい数の"赤い糸"が出ているのを見ることが出来た。
「リン・ツキギシ…彼女につながる無数の"赤い糸"…はたしてどれとつながるのか、楽しみだろう?」
シルフィーと呼ばれた光は頷くようにふよふよと飛び回った。
「あとで召喚の儀を見学させてもらうとしようか」
シュービックは校門の施錠ができていることを確認すると校舎へと歩き出した。
ガラガラ
リンはなんとか授業開始前に教室へ到着することが出来た。
「間に合った!」
「おはよ。ここで見てたよー。ミハーレ先生に絞られてたね」
「ルナちゃんおはよー。寝坊しなければこんなことには…」
声をかけてきたのはリンの友人でルナシェット・クロリーブだ。
お互いの中では一番の仲良しだと感じている親友だ。
なんでもそつなくこなす天才肌でリンが密かに憧れている存在でもあった。
リンを気に入ってるらしく、今もルナシェットにされるがまま寝癖で跳ねている髪をくしで整えてくれている。
「どーせ使い魔召喚が楽しみすぎて眠れなかったとかだろ?ツキギシはお子ちゃまだなぁ」
「む!」
そう声をかけてきたのは同じクラスメイトのレオン・ディセマールだった。
なぜかことある事にいつもつっかかってくる人だとリンは認識していた。
「入室ブービーのレオンがよく言うよ。君のほうこそ楽しみで眠れなかったんだろ?」
「そそそそんなことねぇし!?」
割って入ってきたのは同じクラスメイトのロン・ガーディーンだった。
クラスの中でもとりわけ優秀で、クラスの中でも今回どんな使い魔を召喚するのか、期待されている好青年だ。
そんな会話をしていると、教室の扉が開かれ、快活な声が響き渡った。
「はーい!みなさん席に着いてくださーい」
入室してきたのは、このクラスの担当教諭のテオ・カムリオだ。
腰まである長髪をひとつにまとめて後ろで結んでいる彼女は、快活さに満ちたその姿から男女ともに人気が高い。
「じゃあツキギシさん、クロリーブさん、召喚頑張ろうね」
「ツキギシにだけは負けねぇからなぁ!」
「ガーディーンくん召喚がんばろうね!」
レオンにはベーっと舌を出して返した。
「はい、それでは今日はみなさんお待ちかねの使い魔召喚の日です。心の準備はできてますか?」
教室のいたるところから元気でやる気に満ちた返事が響いた。
「うん、いい返事で結構!」
そのやる気に満足したテオはそのまま笑顔で話を始めた。
「ではこの時間を使って、使い魔召喚に関する講義のおさらいをしましょう。そもそも使い魔とはどういうものを指す言葉でしょうか?」
そうテオが問うと、一人の女学生が挙手し、答えた。
「私たち魔法使いをあらゆる面からサポートする友好的な魔物の一種のことです」
「はい、正解です。講義では『大切なパートナー』だとお伝えしましたね。それでは次に使い魔召喚の方法を二種類、教えてください」
ロンが挙手し、答えた。
「自分の魂から魔物を作り出して契約する魂魄契約と野良の魔物との契約で行なう外的契約の二種類です」
「はい。よく復習できてますね。魂魄召喚の内容に付け足すと自らの魂から使い魔の器を作り出し、そこに自らの魔力を注ぎ込むことで魂魄召喚が成立します」
テオはそれからと少しだけ声色を固くしつつ、付け足した。
「魂魄召喚は自らの魂から形作られる性質上、その人の魂の形を表すとも言われています。使い魔たちには得手不得手はありますが、優劣はありませんのでお忘れなく」
テオは声色を和らげつつ、続けた。
「そして魂魄召喚の最大の特徴として、魂魄召喚では使い魔を創造し、その後契約するため、使い魔自身の意思がないまま生まれます。器に魔力を注ぎ込んでから初めて意思を持つようになるので、器の定着中に行なう魂魄召喚の契約成功率は外部契約と比べてもかなり高いです」
テオの話が一段落すると、教室では早くもそわそわとした空気になった。
その様子を理解したテオは苦笑いを浮かべながら続けた。
「外部契約に関してもおさらいをしたいところですが、待ちきれない人もいるようですし、それはまた次回以降といたしましょう。ではみなさん!」
言葉を溜めるテオの次に続く言葉を今か今かと待ち望む空気感が張り詰めると、テオはニッコリとした。
「召喚の部屋に向かいましょう!」
思い思いの割れんばかりの歓声を残しつつ、一行は召喚陣のある部屋へと移動した。
召喚陣のある部屋の前まで来ると、一人の姿があった。
それはリンにとって、朝ぶりの再会となる相手だった。
「ミハーレ主任!どうしてこちらへ?」
「あぁカムリオ先生。ちょうど時間ができたので見学させていただけないかと思いまして。よろしいでしょうか?」
「ぜひ!さしつかえなければ生徒たちに召喚された使い魔たちの特徴を簡単にお伝えいただけると助かるんですが…」
「それは私にとっても願ったり叶ったりですよ。実技の時間が押さない程度に伝えさせていただきましょう」
「ありがとうございます!」
テオはお礼を言うと、シュービックを生徒たちに簡単に紹介した。
「ご存知の方もいると思いますが、ミハーレ先生は使い魔研究の第一線で今も活躍されている方です。各々、召喚後に使い魔について伺ってみてください」
「ご紹介にあずかりました、シュービック・ミハーレです。使い魔というのは未だに果ての見えぬ研究対象です。可能性の塊とも言えます。今回は皆さんと使い魔の可能性を広げられるようにお話させていただければと考えていますので、よろしくお願いします」
挨拶が済むと、シュービックとともに部屋に入室した。
その部屋は今いる全員が入っても余裕があるほどに広い空間だった。
部屋の中央には今回行なう使い魔召喚のための巨大な魔法陣があり、一行はそこの近くまで寄っていった。
その場に着座し、テオの話を聞いた。
「それでは順番に召喚を行なっていきましょう。私が召喚陣に魔力を注入しますので、私がいいと言ったら魔力の放出を開始してください。そして、召喚が完了したら、ミハーレ先生にお話を伺って、逆側にて待機していてください。それではまずは…」
シュービックが終了後の待機場所の近くに待機するようで、移動した。
順番はあらかじめ決められていたようで、その順番にざっくりと並び直して改めて着座した。
リンたちはクラスメイトの中でも最後の四人となり、ロン、ルナ、レオン、リンの順に召喚を行なうことになった。
「一番最後になっちゃった…」
「緊張するよね」
「ねー」
ルナがリンの頭を撫でながら、励ました。
リンは頭をなでられ、こそばゆく感じながら緊張感がほぐれた。
ロンやレオンも最後のほうに召喚するからか、少しばかり緊張していた。
「まぁ他の人の召喚を見てから召喚できるから、やり方はわかるようになる…かな?」
「俺は最後のほうが助かるぜ!自分の使い魔で全員の度肝を抜けるからな!」
ロンもリンに優しく声をかけた。
「ツキギシさん、たぶん他の人たちの召喚見てるだけでも楽しいだろうし、気長に待とうか?」
「う、うん…ありがとう」
その後はテオの指示に従いながら順々に使い魔召喚を行なっていくのだった。
途中途中でシュービックの宣言通り、召喚した使い魔たちのことを事細かに説明した。
ゴブリンを召喚し、ショックを受けていた男子生徒には、
「ゴブリンはたしかに醜悪な見た目をしていますが、商人にとっては守り神のような存在なんです。というのもゴブリンはどの群れであっても同士討ちを行なわないんです。そのためゴブリンを使い魔にしているとゴブリンからは襲われなくなる。そのうえ使い魔のゴブリンの仲介が上手く行けば、縄張り間は護衛すらしてくれるそうです。行商中一番被害に会いやすいのはゴブリンと遭遇した場合と言われているので、商人にとって使い魔のゴブリンは重宝するそうです」
友人がかわいらしいフェアリーを召喚したが、自分は蝶型の使い魔バタフライを召喚し、残念がっている女子生徒には、
「バタフライはフェアリーよりも汎用性という部分では劣ってしまいます。ですが、バタフライが発動できる、毒や麻痺といった様々な鱗粉は敵の弱体化を担うことができます。また近年ではその鱗粉が薬としても扱うことができるという研究が進み、薬学の分野で注目されはじめている使い魔でもあるんです」
と説いていた。
その光景を見ていたリンとロンは次々と行なわれる召喚に、緊張しつつも期待に胸をふくらませていた。
「やっぱり他の人の召喚を見てるだけでもワクワクするね。それにミハーレ先生の解説付きだし」
「ほんとだね…でも私は緊張が勝っちゃうなぁ」
「リンちゃんらしい」
そう言いつつ笑顔を見せながらはルナはまたリンの頭をなでるのだった。
「…それでは残り四名ですね。ガーディーンさん。召喚陣の上までお願いします」
「それじゃいってくるね」
ついにラスト四人というところまでやってきた。
そしてラスト四人のトップバッターのロンは召喚陣に向かって歩き出した。
「ガーディーンくん!がんばってね!」
「ありがとう」
ロンは召喚陣の真ん中に立つと、テオの指示を受け、魔力の放出を開始した。
すると時間を待たず、ロンの前に自分よりも二倍は大きそうな黄金の鎧が現れた。
「ほう…これは珍しい。ナイト種の中でもパラディンですか」
「魔力、パワーにフィジカルとすべてのステータスが高水準な使い魔ですね。定期的に魔力を与え、成長させれば、成体のドラゴンとも渡り合えると言われているナイト種の中でも上位に当たるのがこのパラディンナイトです。ナイトとの大きな違いは、統率力が高くどちらかといえば司令塔の役割を持つことが多いようです」
「…それはかなり強そうですね」
シュービックは深く頷いて続けた。
「ええ。召喚主が遠近戦どちらもこなせるタイプであれば、必要に応じて入れ替わって戦うスイッチ戦法も取れるようになるとも聞きます。召喚主の頑張り次第でより強くなる可能性を秘めています。ぜひがんばってください」
「ありがとうございます!これからよろしくな!」
ロンがそう言うとパラディンは深く頷いて返すのだった。
「ガーディーンくんすごいね…」
「…あれぐらいなら俺だって…」
「なんか言った?」
「な!なんでもねえ!」
レオンがぼそぼそと何かを言ったようだが、リンの耳には届かなかった。
そしてテオは次のルナを召喚陣に招いた。
「今度は私の番だね。気楽に行ってくるよ」
「ルナちゃん!がんばってね!」
「うん、ありがと」
ルナ先ほどのロンと同じように召喚を行なうと、こちらも時間を待たずに、使い魔が召喚された。
召喚されたのは、ルナと同じ体長で、青空のような美しい青い羽毛に虹色の立派な尾羽根を持った美しい鳥だった。
その場にいた全員はその美しさに言葉を奪われた。
最初に言葉を発したのはシュービックだった。
「…フォーチュンフェザーとはこれまた珍しい。使い魔としての個体は私も初めて見ました」
シュービックはなかなか見られない相手に内心舞い上がりながらも解説を始めた。
「この子は南方の特定の島にのみ生息している鳥です。その地域ではひとたび見られれば幸運をもたらす『幸せの青い鳥』と呼ばれています」
「幸せの青い鳥…ですか」
まだ見とれていたルナは、シュービックの言葉で我に返り、言葉を発した。
「この種は警戒心がかなり強く、自分が認めた相手にしか姿を見せないといいます。その方法としては超高速飛行、羽の色を変え、周囲の色に溶け込む隠密性、そのうえその七色の尾羽根を媒体に多くの属性の魔法も行使することで観測させないようにしているというのが通説です」
「…」
そのシュービックの話を受けて、ルナは考え込むように黙り込んでしまった。
するとフォーチュンフェザーがルナの頬に顔をこすりつけた。
その姿を見たシュービックは言葉を続けた。
「この子がどのような性格をしているのかまではわかりませんが、大事にしてあげてください」
「…はい。ありがとうございます」
「ルナちゃん…?」
遠巻きから見ていたリンはルナのあまり見かけない表情に少し心配になった。
リンの視線に気づいたのか、ルナはいつもの笑顔でガッツポーズを見せてきた。
心配は拭いきれなかったが、リンはあとで声をかけようと心に決めつつ、手を振って応えた。
「…ぃよぉぉし!!!次は俺だな!」
待ちに待ったとレオンが勢いよく立ち上がり、召喚陣の方へと歩いていった。
捨て台詞を残しつつ。
「よく見とけよツキギシ!俺がめちゃくちゃすげぇ使い魔召喚するからよ!」
「…早く行きなよ、先生たち待ってるんだし」
「言われなくても!」
レオンは召喚陣に着くと、気合を入れるためか自分の両頬に平手を入れた。
「よっしゃ!来い!俺の使い魔!」
そう言いながら魔力の放出を始めたが、ルナやロンとは違い、魔力放出を終えても、まだ安定しなかった。
それから数分かかり、今までの召喚と違い、強い光を一瞬出すとようやく召喚が完了した。
そこにいたのはお腹周りだけが黒く、他の部位は薄い桃色をした小さな羽の生えた小さなドラゴンだった。
「…ってちっちぇー!」
「!!!」
小さいことを気にしてるのか、そのドラゴンはレオンに対して火を吹きかけた。
「うお!?あちぃ!やめろ!」
レオンが召喚したドラゴンとじゃれあっている姿を横目に、シュービックは思案げにあごを撫でた。
「うーむ…ドラゴン自体は戦闘用使い魔としては普通ですが、その中でも成長型ですか」
「ドラゴンはそこまで珍しくはないんですか?」
「えぇ、戦闘用としては比較的ポピュラーですね。外部契約の方法も単純ですし。ですが、成長型となると話は違ってきます」
テオの問いかけに答えるとシュービックはそのまま続けた。
「知っての通り、魂魄召喚は魂から抽出した器を使います。器とは形が固定されていなければ安定して物を注げません。それは魂魄召喚も同じです。ですが成長型はその器が変化し続けるように不安定な状態で召喚されます」
ドラゴンのほうが先に息が上がったようで、気づけば飛び方もヘナヘナになっていた。
レオンはその姿を見て、意を決したようにドラゴンを抱きかかえた。
ドラゴンはもう抵抗する気力もないようでムスッとした雰囲気を出しながらもレオンに抱きかかえられた。
その姿にシュービックも笑顔をこぼし、レオンに対して激励した。
「良くも悪くも召喚主によって弱くも強くもなれる、それが成長型です。特にドラゴンは自分よりも強い主でなければ従いません。ぜひこの子のためにも強くあろうとし続けてください。言葉が通じなくてもこの子ならば理解し認めてくれる日もすぐに訪れるでしょう。がんばってください」
「わかった…いや、わかりました」
レオンも話を聞いて、どこか考えを改めたのか、丁寧に答え直して、召喚陣を後にした。
「…ふぁ…みんなすごかった」
「それでは最後はツキギシさん、召喚陣の上にお願いします」
「は、はい!」
テオに呼ばれたリンは召喚陣の真ん中へと歩いていった。
「深呼吸…深呼吸…あれ?」
緊張をほぐすために深呼吸しながら合図を待っていると周囲の光景が見えなくなった。
召喚陣に補助魔力を注ごうとしたテオは、注ごうとした魔力な急に反発し、弾き飛ばされた。
「…きゃ!?」
「カムリオ先生!?どうしました!?」
突然のことにシュービックは慌ててテオのもとに駆け寄って事情を聴いた。
「魔力を召喚陣に込めようとしたら弾き返されて…」
「なんだって?」
弾き飛ばされただけで特に何も問題のなかったテオを伴って、召喚陣の操作台へと駆け寄った。
するとシュービックは操作台の現状を見て、目を疑った。
「召喚陣の魔力回路がリン・ツキギシの魔力に最適化された上で外部からの魔力を遮断している…?リン・ツキギシ、君は何を喚ぼうとしている?」
かくいうリンは急に周囲が見えなくなったことに戸惑っていた。
「あれ?周りが見えなくなっちゃった?」
『………………で……』
するとどこからか声が聞こえた。
「え?…誰?」
『………を…んで…』
その声はどこか神聖な雰囲気を感じ、どこか懐かく感じた。
『わた、し…を、喚んで…』
その声をリンが聴いた瞬間、召喚陣を覆うように巨大な魔力渦が巻き起こった。
その魔力渦はその部屋の空気を巻き込み、吹き飛ばされそうになるほどの強い風を巻き起こした。
少し離れた場所にいた生徒たちですらも煽られるほどの強風になっていた。
「くっ!?今度はなんだ!」
「魔力渦が出来上がるほどの大量魔力放出!?ツキギシさんにはここまでの魔力保有量はないはずです!」
「… なんだろうとまずは学生たちの安全確保!シルフィー!」
このときのシュービックの対応は早かった。
シュービックが名前を呼ぶと、先ほどまでただの光だったものが、美しき女性の姿となり、風の大精霊『シルフィード』としての姿を現した。
そしてシルフィードは指示を受けることなく、その強風を和らげた。
「ゴーレム!ストーンヘンジ!皆さんはお近くの石に捕まってください!」
テオもワンテンポ遅れてだが、懐から土色の美しい結晶を取り出し、唱えた。
すると生徒たちの周囲に石の柱のようなものが現れ、生徒たちの風よけを作り出した。
「一先ず学生たちの安全確保はできた。出来たが…」
「ツキギシさん!アクシデント発生です!召喚を中止してください!」
「え!?でも…」
テオが叫ぶとようやく声が届いたのか、リンの戸惑った返答が聞こえた。
だがリンはシュービックすらも驚くことを言ってきた。
「でもこの子が私を呼んでるんです!」
「何!?魂魄召喚で召喚対象が召喚主を呼ぶ…!?」
魂魄召喚では通常使い魔の意識がない状態で生まれてくる。
だから普通であれば魂魄召喚の途中に使い魔から声をかけられることなどないはずなのだ。
「リン・ツキギシ!それは空耳などではなく、間違いなく召喚対象の声なのか!」
「た、たぶんそうです!」
であればなぜ声を聞いたのか。
それはその使い魔に「何かある」ということしかありえない。
学者としての好奇心をくすぐられたシュービックは声の調子を上げて叫んだ。
「…それならば、君は君の全力を持って、その使い魔を喚んであげなさい!そのほうが使い魔も喜ぶだろう!」
「ミハーレ主任!?」
「今回の責任は私がすべて取る!さぁ!リン・ツキギシ!!!」
シュービックにはもはやリンに対する期待しかなかった。
何が喚ばれるのか。
とんでもない怪物を喚ぶことになるかもしれないと頭の片隅では考えながらも、心が踊った。
リンもなんとなく応援されているように感じ、大きく返事をした。
「…!はい!」
すると先ほどよりも魔力渦が濃くなり、風もより強まってしまった。
「くっ!また魔力濃度が上がった…!?シルフィー頼む!」
「Raaaaaaa!」
シルフィードが声を上げて、本気で力を出してもまだ風を感じるほどの強い風となっていた。
その中心にいるであろうリンはというと。
「…いっしょに来てくれますか?」
『…』
そう、リンが伝えると、うっすらとしか感じられなかった使い魔の輪郭がはっきりと見えるようになった。
そこには長く美しい黒髪で、背中には白と黒の大きな翼を生やし、頭には猫の耳のようなものがある美女がいた。
それは絵物語に出てくるような、まさに天使のような姿をしていた。
リンはその姿に思わず見とれ、言葉をこぼした。
「え…天…使…?」
『…』
その天使のようなものはリンに近づき、ふわりとした笑顔を見せるとリンのおでこにキスを落とした。
リンが思わず目をつむると、召喚陣の周りに存在した魔力渦が一気にその使い魔へと流れ込んだ。
リンが目を開けるとそこにいたのは、
「…猫?」
「ニャーン」
背中に肉球のような小さな白と黒の翼を生やした、漆黒とも見える美しい黒い毛並みをした一匹の猫がいた。