5.見えるもの、見えないもの
午後になると雨が止み、傘を片手にあたし達は歩いていた。
「いやー、意外だったなぁ。小春があんなに子供好きだったなんて」
「うるせぇよ…ガキに目の前で泣かれちゃ放っておけなかったんだよ……」
あたしと玲音はポチ太郎が逃げ出した地点まで来ていた。
手掛かりがあるとも思えなかったが、玲音が一度見ておきたいというのでついてきた。
ありていにいえば、どこにでもある河川敷だ。
「居なくなった犬って意外と近くにいるんだって。だいたい2~3キロ程度の範囲に」
「へ~、良く知ってんな」
普通に感心する。仮にもやっぱ探偵なんだな。
「て、ぐー○る先生が教えてくれた」
「あたしの感心を返せ」
ふざけたやり取りをしながら河川敷を野道に沿って歩き始めた。
曇天の空の下、道沿いには満開の桜が並び咲き、さっきまで振り続けていた雨に落とされた花弁が歩道に散らばっている。
犬の散歩をする人、ジョギングしていく人、川で釣りをしている人。
様々な人がこの道を通っていく。
一旦別れ、玲音は道行く人へ声をかけポチ太郎の目撃情報の聞き込みをしていたが収穫はなし。
あたしも川まで降りて釣り人に話を聞いたりしたが収穫はなかった。
得られた情報なんて、今日の釣果とか、ホームレスの飯が盗まれたとか役に立たないことばかりだ。
唯一それっぽいのが、早朝ランニングしている最中にヤクザが大声を出しながら走り回っていたということぐらいだろうか。
玲音に言われた通りにスマホで録音しながら回ったが、容量を無駄にしただけだ。
結局ポチ太郎の居場所はわからずじまい。
一時間程度聞きこみし、玲音と合流する。
お互い情報を交換するが、新しい情報はなかった。
「こういう頭を使うのは向いてないんだよなぁ……疲れた」
河川敷の草花に倒れこみ、空を見上げる。
まだ雲は夕空を覆ってあたしの時間感覚を狂わせる。
スマホを見ると17時過ぎ。耳を澄ますと、遠くからカラスの鳴き声も聞こえた。
「よしよし、よく頑張ったね」
玲音は小春の頭を撫でようとするが振り払われる。
玲音は苦笑しながらまるで猫みたいと呟き、小春の横に座って一時休憩となった。
「こっちでも聞いたけど、やっぱりヤクザが動き回ってたのは事実みたい。あとは」
「言い争ってたって奴だな」
みきちゃんは、その怒鳴り声で手を放してしまったと言っていた。
母親の美咲もそう言っていたことから間違いないだろう。
「だいたい、なんでこんな場所でヤクザが言い争っているんだ?」
「さぁねぇ?今朝もそうだけど、最近は多いみたいだよ。あの『松葉組』って暴力団、最近できたらしいんだけど、元ヤクザと半グレ集団でできてるみたいで、麻薬の販売、恐喝、踏み倒しとかの常習犯みたい。揃いもそろって同じようなことをして、全然統率が取れていないみたい」
玲音はうーんと伸びをして、河川敷に背をつける。
おいおい、そんなんでヤクザやれんのか?
『雅組』の普段を見ている小春だからわかることがある。
組を持つというのは頭の悪い奴にはできない。
そして、ヤクザは『仁義』と『任侠』で成り立っている。
『仁義』とは、礼儀を重んじ、仲間を大切にすることだ。
『任侠』とは、『仁義』を通じて弱きものを守ることだ。
世の中の大抵のヤクザがそうじゃないとはわかっている。
けれど、『雅組』は今なおその規律を守ろうとしている。
そのことを知っているからこそ、それを守れない奴らは許せない。
「最近では拳銃の横流しもやってたっていう噂もある」
「…そんなん何処で手に入れてんだよ」
拳銃なんて早々手に入る物じゃない。
どうやって、拳銃の密売人なんかと繋がっているんだか。
「最近まで、バックがついてたの。バックといってもスポンサーみたいなもので、お金と伝手を用意するだけだったらしいけど」
「スポンサー?」
「結局、何が目的だったのか分からずじまい。考えられるのは、ここら一体は『蔵馬会』ひいては直系団体の『雅組』の力が強いじゃない?だから、少しでも『雅組』の稼ぎシノギ」を減らして邪魔してやろうかって魂胆だと思うんだけど」
「つまり、『蔵馬会』の敵か」
そう納得しかける小春に、玲音は補足する。
「そうとも限らないよ?『雅組』の稼ぎが減ったら得をする所があるじゃない?」
『雅組』の稼ぎが減ると、得をする奴ら。
「もしかして、『蔵馬会』の他の組の事を言ってるのか?」
「ま、可能性の話だけどねぇ…」
可能性は…あるか。
今、『蔵馬会』の上納金を一番納めているのは直系団体『雅組』。
そして、その他の組はボチボチとあまり変わらない。何処かの組が下剋上を狙っているというのが一番考えられる。
「で、話を戻すんだけど。結局、そのスポンサーが『松葉組』に見切りをつけたらしくて、『松葉組』は大慌て。けど、結局寄せ集め集団で帰る場所もないみたいだから、組が完全につぶれるまでは好き勝手やろうってことに落ち着いたみたい」
「最悪の着地点じゃねぇか…」
帰る場所がないか。
少しは思うところもあるが、擁護する気にはなれない。
弱きを助け、強気を挫く。
これが道を外したものの、贖罪だと思う。
だから、あたしは一線を超えた奴らを許さない。
「で、スポンサーは結局どうなったんだ?」
そういえば、さっきはその後について触れられていなかった。
「さぁ?」
「さぁって…」
玲音は空へ手を伸ばし、虚空を掴む。
その空の先には停滞する曇り空。雲行きは良くない。
「警察がその後を追ったみたいだけど、何もわからなかったみたい。名前も性別も、姿形も不明。ある日突然電話がかかってきて、いつからか電話がなくなったみたい。電話も足がつかないようなサイトを使ってたみたい。だから、誰も何も見ていない」
「いるのに、見えない。なんだそれ…」
皮肉な話だ。
世の中が便利になったおかげで、悪用する人間も増える。
「てか、お前は誰から聞いたんだよ」
「光さんだよ。『松葉組』の組員を捕まえた警察の人から聞いた話を教えてもらったんだって」
「警察情報駄々洩れじゃねぇか…」
問題大ありの話だった。
聞かなかったことにしよう。
雲に覆われた空が更に暗くなってきた。
時刻を確認すると18時になっている。
「そろそろ今日はお開きだねぇ」
「こんだけ探して収穫なしかよ…」
探偵ってこんな事を毎日繰り返してるのか?
三日間で果たして終わるのか心配になる。
脳裏に未希の泣いていた表情が浮かんだ。
…まぁ、始まったばっかりだしな。
「小春ー!こっちこっち!!」
玲音の声が河川敷の下から聞こえる。
何かあったのか?
下を覗くと、とても人が入れそうにないほど草木に覆われた橋下に玲音はいた。
転ばないように気を付けてそちらへ向かうと、玲音は手に紐を持っている。
「灯台下暗しだね」
そう言って立っているのはあたしたちが河川敷を回り始めたスタート地点の真下だった。
確かにここなら、誰も気がつかないだろう。
改めて玲音の持っている紐を見る。
「それって…」
「ポチ太郎のリード。写真を見せてもらったけど、特徴が一致する」
周りを見渡すと、橋脚には遥か昔に書かれただろう色褪せた落書き、地面にはビニール袋やゴミが散らばっている。
ビニール袋は穴が開き、食べ物なんかが散らばっている。
ただ、これは食い漁っていたというより…
隣に玲音がしゃがみ込み、散らばっている物体を拾う。
ウッドチップのような形…ドッグフードか。
「誰かが、ポチ太郎に餌を与えてた」
「保護…ここ周辺はあのチラシが張られてるじゃねえか。見たらすぐにでも届けにいくだろ」
もしかしたら、今現在ポチ太郎を泉家へ渡しに行っているかもしれない。
だが、玲音の表情は安堵ではなかった。むしろ、その逆。
「ねぇ小春…保護した人はなんでこんな場所にいると思う?」
「あぁ?そりゃ自分ちで飼えないからここで餌を与えてるとか、ホームレスで家がないとかか?」
あたしの答えに、玲音は首を横に振り何かを見据えるように中空を見やる。
何が見えてる…?
コイツにはあたしの見えてない何かがある。
「さっき小春が言ってたよね?『なんでこんな場所でヤクザが言い争っているのか』って」
「言ったけど…まさかヤクザが犬を探してる?」
「それはないよ。ヤクザのせいで犬が逃げたんだもん」
それもそうか。
なら。答えは。
「じゃあ、ヤクザは人を探してた?そして、そいつがポチ太郎を保護してる…」
「なら、そのヤクザが探してたのは、いったい何処の誰なんだろうね…?」
玲音がこの場所に居たであろう人物を睨みつける。
小春もその場所を見つめる。
「よーし!」
玲音は唐突に立ち上がり、汚れを叩き落とす。
僅かな夕陽に照らされた表情はもう緩んでいた。
「一応、ここにカメラを設置しようか?それで今日は帰ろう!」
てってれ~とポケットから小型のカメラを取り出す。
「お前、よくそんな物もってるな?」
「他にも色々あるよ?特殊マーカーとか、指紋採取セットとか、竹とんぼとか」
「お前はドラ○もんか」
てか、最後のは絶対にいらない。
玲音は慣れた手つきで、橋脚の端にカメラを設置する。
「さぁ、事務所へ戻りましょうか!冠城君!!」
そう言って意気揚々と河川敷の斜面を登る玲音を見やる。
「今は亀ちゃんに戻ってるっつうの…」
あと、そんなアクティブに上がるな。
ほら、コートが枝に引っかかってんだろうが。




