4.約束
すいません、体調崩してました…
また、投稿再開します!よろ!!
「さぁ!二日目も頑張っていこぉー!!おー!!」
事務所へ着くなり大声で迎え入れられる。
朝からうるせぇ。
あたしがとりあえずハンガーへ上着を掛けると、玲音が手招きする。今日は白のTシャツにダボッとしたジーンズか。ま、どうせ外出るときにはあのベージュのコートを着るんだろうけど。
早く早くと誘導されるがままに、客人用の椅子に座っている玲音の隣へ座った。
「んふふ~」
妙に上機嫌だな…嫌な予感がする。
「どうした?」
「今日は充実した一日になるかもですよ?まぁ、聞いてくださいな?」
玲音が隣のあたしを見ながら話し始める。
「ホントは用意しておいた仕事があったんだけど、さっき外を歩いてたら一つ仕事を頼まれてね?ちょうどいいやと思って引き受けちゃいました!」
そう言って、ポケットから一枚のチラシを取り出す。小春はよく見るために、玲音が手に持つそのチラシを受け取る。
「なんだこれ、犬…探してます?」
そのチラシには家から脱走した犬を探してほしいと書かれていた。
つまり、犬探しってことか。
探偵ってこんな事までするんだなと、内心驚く。
だが思い返してみると、昨日も実質何でも屋だった。ドラマや漫画の先入観が大きいのかもしれない。
気を取り直してチラシを見る。
「名前は…ポチ太郎…?」
ポチで太郎…和風なのか洋風なのか。そこは統一しろよ。
猫だったらタマ二郎とかになるのだろうかと勝手に考える。
仕切りの向こうから「チェ○ソーの悪魔…」とか言っている。それはポチ太な。
「依頼人は、泉美咲さん。お礼も出るって言ってた」
「お礼ってのは金か?金取んのかよ」
零した言葉に、玲音が反応する。
「私もお金なんて取りたくないけどさ…事務所だってタダじゃないし、世知辛い世の中なんだよ…」
玲音はそう言って、椅子に体重を預け目を逸らす。
昨日は金を貰ってたように見えなかったけどな。あーでも、色々貰ったしな。現物か現金かの違いか。
玲音は椅子にもたれ掛かりながら話を続ける。
「ポチ太郎。犬種はサル―キで9歳。いなくなったのは昨日、娘の未希ちゃんと一緒に朝の散歩中に近くでヤクザが言い争って大声を上げたのに驚いて逃げてしまったって。保健所や市役所、警察には連絡済み。後はチラシを至る所に張ってる最中」
「まだ一日とはいえ、ちょっと心配っすね。見つからない時はかなり時間かかりますから…」
「いや、待て待て、よくわかんねぇんだが?」
サル―キ?市役所に警察?それにヤクザの言い争い?
どういう状態だ?
あたしが脳内で状況をまとめようとすると、目の前のモニターが一匹の犬を映した。
「サル―キ。細身の大型犬。飼い主にはかなり従順ですけど、足がかなり速く見つけても逃げられると追いつけないでしょうね」
「わぁ!かわいいねっー!小春っ!ほらほらっ!」
「お前はのんきか」
玲音はモニターの犬に夢中になっている。美都里が気を利かせて画像をスクロールしてくれている。
モニターに映された犬は色々な毛色があるが、チラシの犬は茶色の毛をしている。
それにたしかドーベルマンって犬もこんな体形をしてたよな。たしかに足が速そうだ。
「さっきの話に戻るが、犬が居なくなると市役所とか警察にも連絡しなきゃならないのか?」
「やっぱり、公共の組織に連絡した方が捜索範囲も広がるし連絡も早いからね。ペットが居なくなったときの対処としては適切だよ」
「…後、チラシ配りも有効なんですよ?犬猫は人の集まる所に集まりやすいですからね…チラシを見た人が連絡してくれることも多いんすよ」
「大変なんだな…まぁ、家族が居なくなったようなもんだしな」
あたしの質問に、玲音が答え、美都里が補足する。
ペットだって大事な家族だろう。それが居なくなって帰ってこないともなりゃ心配にもなるか。
一瞬、自分の家族を考えるが、振り払い立ち上がる。
「じゃあ決まりだな」
「お、小春ちゃん。やる気だね?」
昨日までは探偵なんてどうでもいいと思ってた。
だけど、昨日助けた人たちを思い出すと、悪くない仕事だとは思う。
たまには自主的に人助けをするのも悪くない。
あ、犬助けか?
「で、あたしは何やればいい?」
「…いきなり玲音さん頼りなんですね」
美都里の言葉に小春は得意げに返す。
「自慢じゃないが、あたしは喧嘩しか得意じゃない」
「探偵は喧嘩屋じゃないっすよ!?」
美都里が驚いて大声を出す。意外とツッコミ気質なんだな。
「『筋を通す』じゃないの?」
「お前は黙れ」
横からヤジを飛ばしてきた玲音を黙らせる。
ニヤニヤするな、おい。
「そうだね…」
玲音は指を口元に置き、何か考え始めた。
少しすると考えが纏まったのか、美都里に指示を飛ばす。
「みーちゃん。周辺のカメラから探すことって可能?特に泉宅と逃走した位置周辺で」
「もちろんです」
美都里は直ぐに答え、モニターが何やら難しい画面に変わる。あたしにはさっぱりわからん。
「あたしは?」
小春が玲音にもう一度尋ねると、玲音は笑って答える。
「とりあえず、一緒に泉さんの家に行こっか」
「どうぞ、お入りください」
「お邪魔します」
泉美咲と、後ろに隠れている娘の未希に案内されるままに家に上がる。
一瞬、なぜ小学生が居るのかと思ったが、そういえば小学生も春休みだもんな。
玲音を前に小春は着いていく。
物珍しさから、キョロキョロとしてしまう。
そういえば、他人家って不思議な匂いがするよな。
確かにこの家から動物特有の匂いがする。
「特にこっちの部屋から匂うな」
あたしは匂いの一番強い部屋に歩いて行く。
辿り着いた部屋は普通の洋室で、床の上には犬用のオモチャや教科書が転がっている。
机やベットが置かれてあり、生活の様子が見える。
奥にはポチ太郎と名前が書かれた看板が掛かった柵があり、普段からポチ太郎はこの部屋に居たのだろう。
壁には写真が貼ってあり、どれも未希とポチ太郎が写っている。
この部屋は未希とポチ太郎の部屋なのだろう。
「…あ!金髪のおねぇちゃん。黒髪のおねぇちゃんが探してたよ?」
「ん?あぁ、悪いな未希ちゃん」
扉の入り口で未希があたしを見つめていた。
今更だけど、勝手に人の部屋入っちまってたな。
「ごめんな。勝手に入っちゃって、今戻るよ」
「たぶん大丈夫!二人で難しいお話してるから」
難しい話か、ポチ太郎の好物とか習性とかを聞き出してるのか?
まさかお金の話じゃないだろうな…?
「未希の部屋、何かあった?」
「いや。…好きなんだな、ポチ太郎のこと」
「うんっ!」
さっきは未希さんに隠れていたが、普段は明るい性格なのだろう。
人見知りというよりは、ポチ太郎の事を心配しているからなのかもしれない。
とりあえず、小春は部屋に座り込む。
すると未希が小春の脚の上に座る。
おいおい人懐っこい奴だな。今さっき会ったばかりの人の上に乗っかるとは。
あと、自慢じゃないがあたしは懐かれる容姿はしてない。
さっきも中学生に怖がられたばかりだ。
「見ず知らずの人の上に乗るんじゃありませんって教わらなかったか?」
いや、あたしもそんなことは言われたことないけど。
「大丈夫!黒髪のおねぇちゃんが『小春で遊んできたら?』って言ってた!」
「それはきっと『小春”と”』だからな?」
意味がだいぶ違くなっちゃうからな?
未希はそのまま退く気配もない。
小春は諦めてそのままの状態で玲音に呼ばれるのを待つ。
外の車が通る音だけが聞こえてくる。
「…みきが悪かったの」
「あん?」
静かに未希が話始める。
小春はそのまま未希の声に耳を傾ける。
「…みきがね?ママに無理言ってリード持ったから…驚いて、手を放しちゃったの。放しちゃダメって言われてたのに…」
ポチ太郎が逃げたときの様子だ。
「だから、ポチ太郎…いなくなっちゃったの」
あぁ、なるほど。
普段は美咲さんがリードを持って散歩してたのか。
それで、未希がお願いしてリードを持って散歩をし始めた途端に、ヤクザの声が聞こえて驚いた未希がリードを放してポチ太郎が逃げてしまった。
だから、『みきが悪い』か。
「ポチ太郎…怪我してたらどうしようっ遠く行っちゃったらっ…死んじゃったら…っ!」
未希の表情は見えないが、声から泣いているのだとわかる。
そうだよな。大事な家族だもんな。
ふと、父さんの事を思い出す。
家族を失う辛さ。
その気持ちは痛いほど良く知っている。
あたしは未希の頭に手を置いて撫でる。
「大丈夫だ…大丈夫。絶対に、おねぇちゃん達が探して出して見せるから」
未希が涙を流しながらあたしに振り向く。
この子も悪気があったわけじゃないんだ。
こんなたった一度切りの失敗で家族を失うなんてあまりにも酷だ。
「なぁ、未希ちゃん。約束しないか…?」
「約束…?」
あたしは小指を差し出す。
「あたしは佐倉小春。あたしが絶対に”絶対にポチ太郎を連れ帰ってみせる”よ」
未希はゆっくりと小指を立たせて、そこへ引っ掛ける。
「約束だから」
未希も涙をこらえて、うんと頷き小春に抱き着いた。
小春も受け止め、未希の頭を撫でる。
こうなったら。絶対にポチ太郎を連れ戻してやる。
そう決意すると、視界の端の入り口で玲音と美咲が微笑みながらこちらを見ていた。
なんだよ…見てたのかよ……
先ほどのクサいやり取りを見られていたのは、だいぶ恥ずかしい。
小春は、未希を引きはがし立ち上がる。
すぐにでも探しに行かなきゃな。
そのまま部屋を出ようとすると、未希に声を掛けられる。
「小春おねぇちゃん!お願い!!」
そう言って真っ直ぐに見られちゃ、こっちもその期待に応えるしかない。
小春も笑って答える。
「任せろ!あたしは約束を守る、”筋を通す”女だからな!」
こうして、初めての依頼。
『ポチ太郎探し』が始まった。




