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2.白百合と雅桜

 


 行きかう人々は駅の方へと歩いて行く。

 だが、小春達は逆らうように駅から逆方向へ歩いていた。

 手を引く少女は時々道を曲がり、気がつけば知らない道にまで来ていた。人通りが少なく、左右にはキャバクラの看板や、古着屋の閉店セールの幟のぼりが立っている。


 いったいどこへ連れていくのか、疑心はあったが目の前の少女からは悪意を感じられない。

 ここまでの道中、幾つか質問をしてきた。

 何故、あたしの名前を知っているのか。

 どうして、あたしを連れていくのか。

 何処へ向かっているのか。

 そもそも、お前は誰なのか。

 それらの質問全てに。

「着いたら教えてあげる」

 と言われ、小春は大人しくついていくしかなかった。


 そのくせ、「ここのお店知ってる?ハンバーグが美味しいんだよっ!」とか、「お?桜が咲いてる。梅と桜は花弁の先で見分けられるんだよ?」とか、「ふーむ、空が濁ってる。今年は花粉がすごいもんねぇ…」とか、どうでもいいことからよくわからない事までひたすら喋っている。

 とにかく煩い。

 内心帰ってやろうかとも思ったが、手錠をされていたし、弁償したくないから壊せない。

 小春の左手の先に繋がっているのは、少女の右腕だ。

 細く白い腕。

 そして、傷一つなく、簡単に折れてしまいそうなか細い手。

 きっと喧嘩をしたこともないんだろうと思う。

 誰かの拳にも腕にも古傷ばかりの腕とは対照的だ。


 やがて少女は目的地を見つけたのか、ある建物へ歩いて行き、一階の店の横にある階段へ進む。

 こんな場所に何があるというのか。

 狭い階段を、密着しながら一緒に昇っていく。

 さっき出会ったばかりの女子とこんな距離間で歩くことになるとは。

 慣れない間合いに何となく落ち着かない気分になる。

「小春ちゃん」

 距離感を気にしていると、名前を呼ばれ顔を上げる。

 少女は階段を上りながら話し始める。

「小春ちゃん。長所は何?」

「長所?」

 …何でこいつはあたしの質問に何一つ答えないくせに質問してくるのか。

「なら、てめぇも質問に答えろよ」

「ほら。いーからー、さーん・にー」

「人の話を聞けよっ!」

 少女はカウントダウンを進めながら階段を上り続ける。

 全然話を聞いていない。

 …はぁ、しかたねぇ。

「いーーち!」

「わーかった、わかったから!」

 長所か。

 あたしの得意分野は。


「…けん」


「あ、『喧嘩』とか暴力以外で!」


「先に言えや!!」

 食い気味で注文つけてきやがったっ!

「ほら?ほら?他にもあるでしょ?それにさっき強いのは見てたから」

 そう言って、手を招いてあたしを急かす。

 他にも…何を求めてるんだ?こいつの思惑がわからん。


「なら…」

 あたしの…長所、長所、長所。…あ。

「じゃあ…『筋を通す』ところだな」

 あたしは必死に回答をひねり出した。

 前にお前はそこらのヤクザよりヤクザらしいと言われたこともある。

 それに、『筋を通す』っていうのは悪いことじゃないはずだ。テメェの信念を曲げずに貫き通す。決して折れない誓い。

 何も言わない相手の表情を見てみると、少女はあたしの返答に面食らったように固まって、少しして笑い出した。

「おい、何がおかしいんだっ?ケンカ売ってんなら買うぞっ!?」

「い、いや…ふふっ、…あははっ…ちょっと待って…」

 ぶん殴ろうか、こいつ。

 あたしの渾身の長所だぞ。渾身の使い方あってるかわからねぇけど。


 目の前の少女が笑っている間に、階段は上り終わり二階の通路に立っていたことに気づいた。

 一瞬ムカつくこいつをおいて階段を降りようかと思ったが、手錠をされているから帰れもしない。

 ひとしきり笑って収まったのか、少女が小春に近づいてくる。

「なんだよ」

「いやぁ、普通性格で答えるなら『優しい』とか『負けず嫌い』とかじゃない?けど、『筋を通す』って…ヤクザみたい…ふふっ」

 まだ笑ってやがるこいつ。

 見せつけるように苦い表情をするが、目の前の少女は気づかない。

「…だけど、うんっ!やっぱり君しかいないねっ!」

 今度は急に納得している。何があたししかいないんだ?

 小春が困惑する中、少女は一つの扉の前で立ち止まる。

 そして、少女は小春へ振り向く。

「自己紹介をしてなかったね。私は、私立宮園学園一年の『白百合玲音しらゆりれいね』」

「…北桜高校一年の『佐倉小春』だ」

 白百合玲音。

 聞いたこともないし、高校の制服もよく見れば近所の私立高校のものだった。

 小春の高校とは別の学校。

 そんな奴がいったいあたしに何の用だ?

 玲音はあたしの左手を両手で握り、上目遣いで見上げる。

 身長差はあるが、体はほぼくっついている。

「うん。小春ちゃん。一つ相談なんだけど」

「…なんだよ」

 近い近い近い。

 なんだ、最近のJKはこんなにスキンシップをとるのか?

 慣れない距離感に少し心拍数が上がる。

 …大丈夫。傍から見たら平常通りに見えているはずだ。

 こんなんで慌てるのはあたしの美学に反する。

「私の…」

「…私の?」

 …何を言うつもりだ?

 むしろ、こいつのことだから何を言い出してもおかしくない。

 実は告白でした。何て落ちすらあり得る。いやない。

 さっきまで距離を意識していたうえ、余計なことを考えたせいで内心の動揺が収まらない。

 彼女の青い瞳があたしの目の前に映る。長いまつ毛に、端麗な顔つき。今まで見てきた女の中で、一番綺麗かもしれない。吐息が口に掛かる。

「私の」

 もしかしたら、これが一目惚れってやつじゃ…


「私の…助手になってくれないかな?」


「……………はぁあ!?」

 微塵も想像していなかった言葉に、間抜けな声を出してしまった。

 なんだ?じょしゅ?なんの?

 理解の追いついていないあたしを置いて、玲音は声を高めて話を続ける。

「もう一度言いましょう!私は白百合玲音!普通の高校一年生!だけど、もう一つ!!」

 玲音は目の前扉の前に立つ。

 それはまるで、役者のように。

 ここがまるで、自分の家であるように。

「私はこの事務所、『白桜探偵事務所』の探偵。で、探偵って仕事柄物騒なことも多いでしょ?だからボディーガードを探してたの」

 玲音は扉から少し離れ、扉に張られたA4用紙が見える。

「実は目星はつけてたんだ。だから小春ちゃんのことは調べて知ってた。だけど、今日会えたのは運命だったね!」

 紙にはマーカーペンで書かれた『年中無休!』や『初見歓迎!』の言葉や。

「あたしの助手になってよ。小春ちゃん!」

 真ん中に大きく、『白桜探偵事務所』と書かれていた。





「やだ」

 あたしは即行で断った。

「じゃあ、私もやだ」

 玲音も即行で断る。

 暫し沈黙が降りる。

 玲音は静かに微笑みながら手錠をしている右手を上げる。

 あー、つまり…助手になるのは嫌だけど、助手にならないと手錠は外さないと。

「選択肢がねぇじゃねぇかッ!?」

「えー?このまま一緒に暮らすって言うんならそれでもいいよ?二人を分かつことのできない愛の手錠…愛のカタチって人それぞれだもんね!」

「いや、お前はそれでいいのかっ!?」

「…私は…いい…よ…?」

「おい、恥じらうな。冷静にあたしまで恥ずかしくなるだろうが」

 いや、ほんと。冷静になると手錠しながらここまで歩いてきたんだよな…

 どんなプレイの最中ってんだよ、これ…。

 とりあえず、落ち着こう。

「じゃあ妥協点を探そうぜ」

「うーん、そうだね。今日は私が無理やり連れてきちゃったし、探偵が何するかも知らないもんね?仕事をやってもらえば、探偵業務をわかってもらえるか」

「妥協する気…ある?」

 現在進行形で助手にさせる計画を練っている少女を前にたじろぐ。

 玲音は少し考えたのち、指を三本立てあたしに突き出す。

「三日。三日間だけ私に時間を貰えない?」

「マジか?まぁ三日間だけなら…」

 どうせなら一週間ぐらいは要求してくるだろうかと思っていた。

 あるいは週に1,2日とか。

「よし!じゃあ入ろうか!!」

 玲音が扉を開けて、部屋の光をつける。

「白百合探偵事務所へようこそっ!」

 玲音に促され、入った事務所は煙草の匂いがした。

 部屋の左半分は綺麗に片付いている。

 しかし、右半分はゴミや脱いだ服が散らばっている。

 隣を見やると玲音もこの部屋の状況に固まっている。

「…光!煙草を吸う時は喚起させてって言ったよね!?」

「あー…悪い悪い……」

 玲音が声を上げると、ゴミが動いた。

 いや、ゴミに埋もれていた人だ。

 その人物は玲音に謝りながら「よっこいせ」と立ち上がり、窓を開け冷たい風が事務所に入る。

 女性だ。

 おそらく、母さんと同じくらいの年齢だろう。

 綺麗な人だが、動作におっさん臭さがにじみ出ている。

 玲音の母親だろうか。

「今日はみーちゃんがいないんだから、自分で片付けといてって言ったよね?」

「しゃーないじゃん。まさか一日でここまで汚くなるとは…」

「こっちのセリフだからっ!」

 みーちゃん?誰の事なのか。

 説明もなく玲音は左手側に進み、デスクの引き出しから鍵を取り出す。

 周りを見渡すとホワイトボードに金庫、客人用のテーブルや椅子が置いてある。

「よし外れた!」

「お、ようやくか…」

 あたしが事務所内を観察しているうちに開錠できたようだ。

 自由になった左腕を回す。

 そうしていると、女性があたしの存在にようやく気付いた。

「あー、誰?」

「私のボディーガード!佐倉小春ちゃんです!どうぞ!」

「…佐倉小春です。三日間だけですが、お世話になります」

「もっといていいんだよ?」

「やらねぇよっ!」

 女性は小春と玲音を交互に見て微笑む。

 あたしと玲音が仲の良い友達にでも見えてるのだろうか。

 今日知り合ったばかりだし、性格も合わないし、断じて友達ではないが。

「そう。私は、南井光(みなみいひかる)。まぁ光でいい。玲音の…まぁ母親代わりだな」

 母親代わり?母親ではないのか。

 もしかしたら、複雑な家庭なのかもしれない。


「よーし!自己紹介も終わったし、今日から三日間。小春は私の助手になります!」

 玲音は、ポケットから懐中時計を取り出し時間を確認する。

 あたしもスマホ取り出して時間を見る。

 時刻は午前6時丁度。

「本当は、うちは年中無休を売りにしてるから今もやってるんだけど、今は依頼ないし。よーし、区切りが良いし9時開始といこうか!世間様のお仕事が始まる時間!!」

「そこから三日間か」

 25日の午前9時から三日間。つまり、28日の午前9時までが助手の期間。

「さっそく、今日の午前9時にこの事務所集合ね。わかったかい?ワトソン君!」

「いや、誰だよワトソン」

 光さんは「無理せずテキトーに頑張ってくれ」と言ってさっきのゴミの山に帰ってしまう。

 あそこ…もしかして寝床なのか?

 玲音は玲音で「ワトソンを知らない…?とりあえず、シャーロックホームズを…」とかなんとか言って本棚の方へ行ってしまった。

 結局、仕事に関して何の説明も受けてねぇ……

 これから三日間。

 先行きが不安しかない。






 時刻は6時30分。

 独りになった帰り道をのんびりと歩く。

 明るくなった空はビルへ光を反射させる。

 朝からあまりに情報量の多い出来事があったせいで、長く感じたがあいつ(白百合玲音)と出会ってまだ30分程度しか経っていない。

 買い物袋を片手に、自由になった左腕を回す。

 日も上り始め春風は少し暖かさを含み始めた。

 助手になってくれ、か。

 通勤時間のサラリーマンを横目に駅を抜け歩いていくと、いつの間にか家の前までついていた。

 小春は慣れた手つきで家の鍵を開ける。

 但し、ここは自宅じゃない。

 玄関を上がるとキッチンから声が聞こえた。

「おかえり~遅かったじゃん?小春」

「ちょっと色々あって。朝シャン入るけどいい?しお姉」

「どうぞ~」

 コンビニ袋をリビングにおいてから、シャワーを浴びる。

 ごちゃごちゃとした気持ちをシャワーで洗い流す。

 シャワーを出て、髪を乾かしてリビングへ行くと朝食が用意されていた。

 紫音は買ってきた飲み物を開けながら、エアガンをいじっていた。

 マガジンを外したり、本体を分解したりしている。

 紫音の昔からの趣味だ。

 『雅紫音』。現在18才の大学一年生。

 指定暴力団『蔵馬会』の直系団体、『雅組』の組長雅隆也の一人娘だ。

 髪に名前にも入っている紫色のメッシュを入れているが、モデルのように綺麗で物腰の柔らかさから告白された回数も10を超えるらしい。

 ただ、幼馴染の蔵馬秋介を好きに思っているので告白を断っているが、一向に付き合う気配がない。

 早く付き合えばいいのに、とあたしと隆也さんおじさんはいつも思っている。

 小さい頃から銃に囲まれていたことから本人も銃に興味を持ち始め、中学生の頃からサバイバルゲーム、通称”サバゲー”をするようになったらしい。

 今でもだいたい週末はサバゲーに行っている。

 あたしも誘われて何度か行ったこともあるが、あまりにもセンスがなさ過ぎてやめた。

 一日中参加していたが、ノーヒット。当てられた回数は50を超えてた気がする。

 やっぱり、あたしには銃なんかより拳の方があっている。そう再確認させてくれた。

 ほんと、傍から見たら清楚な美人なんだけどな…。

 彼女はろくでなしのあたしを救ってくれた恩人であり、今では姉のような存在だ。

「小春~、後でサバゲーに行ってくるから」

「はいはい、みりゃわかるよ」

 特に最近は暇さえあれば銃を触っている。

 大学生は春休み中だし、暇なんだろう。

「で~何かあったん?」

 紫音はAKという銃を持ち上げながら、小春に尋ねてくる。

 小春はコンビニ袋からイチゴミルクを取り出し、さっきのあらましを話し始める。



 

「…てことで、探偵の助手にスカウトされたんだけど」

 半分残したイチゴミルクに蓋をして、話を終えた。

「ふーん。面白そうじゃ~ん?」

「…あたしが向いてると思う?」

「あはは~そりゃ向いてないでしょ。探偵って某名探偵みたいに、推理して犯人捕まえるんでしょ~?勉強すらロクにしてない小春が手掛かりを掴めるかすら怪しいじゃん?」

 言いたい放題だが、全くもうその通り。小春は不機嫌そうな顔をしてお菓子を摘まむ。

 あたしにできるのは、犯人と一対一で殴り合うことぐらいだ。

 ドラマでも刑事や探偵が犯人と殴り合うなんてなかなかない。

 だいたいは事件の真相を話したら犯人が諦めて幕が降りる。

 何処に犯人を追い詰めてフルボッコにする探偵がいるものか。

 カレンダーが目に入り、ふと思う。

 そうか、しお姉に会って今日で丁度三年だったのか。

 しお姉が喧嘩でボロボロになったあたしを担いでここまで運んで治療してくれた。

 あれからおじさん、雅隆也さんにこの家に住んでもいいと言われ、しお姉と3人で暮らすようになった。

 そして、あの青年。紫音の幼馴染である蔵馬秋介に勉強を教えてもらい無事に高校へと行くこともできた。

 あたしにとって、この家と、おじさん、しお姉、秋兄が今の家族だ。

「やるの?その探偵の助手ってやつ」

「え?…やらないよ」

 思考に耽っていた所を、しお姉の言葉で現実へ戻される。

「今のあたしの目標はしお姉みたいに”普通”の女の子になりたいの。それで秋兄みたいな彼氏を作って普通に暮らす。それが一番ってしお姉と秋兄が教えてくれたんだよ?」

「秋介は彼氏じゃないし~。あいつ忙しくて最近まともに会ってすらいないからね?」

 あたしは冷蔵庫から麦茶を取り出し注ぐ。

 チラリと横目で見ると、紫音はムクれている。そういうとこがしお姉の可愛いところだ。

 紫音は、視線をAKから一枚の写真に移す。

 追ってその写真を見る。

 小春あたしと、紫音しお姉と、秋介秋兄と隆也さんおじさんの4人で撮った高校の入学式の写真。

 小春だけ、恥ずかしさからそっぽを向いている。

 知らない人が見たらただの”家族写真”に見えるだろう。

「…普通ねぇ。…ま、私はヤクザの娘が普通だとは思わないけどね」

「しお姉…」

 紫音の顔を見ると神妙そうな面立ちで彼女の本心だと思わされる。

 そして紫音はゆっくりと小春を見つめる。

「小春のやりたいようにやればいいと思うよ」

 やりたいように。

 あたしは。

「じゃ、時間まで寝るから~おやすみ~」

 返事もしないうちに紫音は寝室へ行ってしまった。

 時計を見ると7時を過ぎている。

 あたしも一度寝るか。眠いし。

 アラームを大量にセットし、あたしは眠りについた。



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