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1.首輪と手錠



「ふぁあ、、眠い…」


 欠伸を抑えながら雨と風で揺れる傘を持ち直した。

 早朝の気温は一か月前よりも高くなっていたはずなのだが、昨日から振り続ける雨のせいで今朝の気温はグッと下がっていた。

 地面には雨風によって落とされた早咲きの桜の花弁が見える。

 そう、季節は冬を超え、春を迎えていた。

 

 今年は暖かくなるまでが早く、所々でもう桜が咲いている。なのに、急に寒くなった。いや、ほんとに。

 今のあたしはTシャツに“桜”の柄のスカジャン一枚、下は普通のジーパンというスタイル。

 染めた金髪をいじりながら全身を見回す。

 何処からどう見てもヤンキー。

 この輩みたいな服装があたしは気に入っている。誰に話しても共感を得られないが、不思議でしょうがない。

 とにかく強そうだし、柄は可愛いし、何よりカッコイイ。

 あたしが流行の先を行き過ぎて、きっと誰もついて来れていないだけだ。

 きっと、おそらく、そうだ。うん。

 

 そんな事をボーっと考えながら、コンビニ袋片手に駅前の道を歩いて行く。

 早朝ということもあり、周囲には通勤前の社会人がマスクをつけて歩いている。

 路上には煙草の吸い殻や、捨てられ雨に濡れた新聞紙には『WBC日本優勝』と書かれている。

 ふと、新聞紙に書かれた今日の日付が目に入った。



 2023年。3月25日。

 コロナ禍を乗り越え、ようやく健全な社会へ戻りつつある昨今。

 一時期よりは感染者も減り、コロナに過敏に反応する人もだいぶ減った。 

 しかし、こないだからマスク解禁だとニュースでは言っていたが周りを見渡してもマスクを着用する人の方がまだまだ多い。

 特にこの時期は花粉症で苦しむ人も多いからなのだろう。

 もう暫くはこのマスクとも仲良くやらなければならなそうだ。


「はぁ、とっとと帰ろ。しお姉は…寝てるかな」

 昨日で高校の終了式を迎え、今日が春休み初日。

 学校がある日は起きれないのに、休みの日は早く起きてしまうことがあるのはなぜなのか。

 珍しく朝早く起きて、雨が降っていることにうんざりしていたところに、徹夜していた私の“自称姉”である紫音(しお姉)にお使いを頼まれた。

 あたしは彼女へ大きな借りがある故、お願いを断ることができない。その代わり、めちゃくちゃ嫌そうな顔をしてやった。

 

 雅紫音(みやびしおん)あたしが居候中の『雅』家の一人娘で、姉のような存在の人。

 そして、『雅』家の長は紫音の父、雅隆也。『雅組』というヤクザの組長である。

 最初は色々あったが、今では紫音や隆也さん、『雅組』の人たちと家族のように暮らしている。

 今のあたしにとって、あの人たちが家族だ。

 

 散歩がてら、ちょっと遠くのコンビニへ行き、買ったものを入れたエコバックを片手に家に戻る途中、駅の看板が見えた。

 『木白駅』。

 あたしたちの住む町、『木白町』の一番大きい駅で、千葉県でも有数のターミナル駅だ。

 東西に分断された駅郊外にそれぞれ繫華街があり、少しさびれているが未だに人通りは多い。

 夜になると、電光やネオン管の光が駅周辺を照らして、集電帰りの人や酔っ払いを迎え入れる。

 ただその分、裏社会の人間も多い。

 現に、あたしが今帰ろうとしている雅の家も、『雅組』の事務所もこの駅の西口にある。


 スマホ見ると、時刻は午前5時5分。殆どの人がまだ夢の中にいる時刻。

 あたしは静かに歩を進めていく。

 近道の路地裏へ回ると、雨の日の駅独特の下水のような臭いが冷たい雨風と共に流れていった。

「うわ、風さむっ。早く帰ろっ」

 そして駆け足になった瞬間、隣の路地裏から怒鳴り声が聞こえた。


「おいッ!吐けやっゴラァ!!」

 声が大きい。

 酔っぱらってんのケンカか?

「なんだよ…朝から近所迷惑だろうが」

 ケンカだろうが、カツアゲだろうが何でもいい。

 この町じゃそんなことは日常茶飯事だ。

「あたしは今帰る途中なんだけど、勘弁しろよ」

 面倒だと思いながらも、それでも足は声の方へ向かっていた。

 傘を閉じ、コンビニ袋を片手に、あたしは声のした路地裏の入り口に立った。


「あん?なんだテメェ?」

 路地裏は建物に囲まれた袋小路になっていて、狭い場所に3人が密集している。

 その路地裏にいた3人の人物達を眺める。

 顔に刺青の入った男、チビの男、血だらけの男。

 ただ、チビと刺青の男は黒のスーツをきて、ボタンに家紋がついている。


 つまり、ヤクザだ。


 血だらけの男は耳にはピアス、ズボンや腕にはシルバーのチェーンを巻いており、端的に言ってガラが悪い。

 ため息をつく。

 なんだ、チンピラがヤクザに喧嘩でも売って返り討ちにあったとかか?

 アホくさ。

 自業自得なら仕方ないだろう。

 ヤクザといえど、無意味に市民へ暴力は振らない。

 あたしは、踵を返しそのまま立ち去ろうとした。

「まってっ!待ってくれ…!俺は…そう、何もしてないっ!」

「アァン?」

 血だらけの男が助けを求め、声を上げる。

 何にもやってないのに、ただのチンピラが詰められる?

 少し言い淀んでいた気もするが、それが余計に気になった。

「オイオイ!何もしてねぇってことはねぇだろうが平野ォっ!テメェが盗んだんだろうがっ!」

「だからっ俺はっ……」

 話が良く見えねぇな…

 ガンッ!

 あたしが話の流れを掴もうとしていると、チビが再びチンピラを蹴り飛ばし踏みつけている。

 まぁ、よく分からねぇが…

 コンビニ袋を地面に置く。

 そして、拳を鳴らし右腕を引き締め構える。

「とりあえず、お前ら一旦〆るわ」

 少女の”朱”色の瞳が敵を見据えた。



「ほら、女子供が見るもんじゃねぇぜ?行ったいった」

 刺青男にはあたしの独り言が聞こえていなかったようで、帰るように促しながら近づいてくる。

「あたしもできればそうしたかったんだけどな」

「あぁん?」

 入り口から動かないあたしへ刺青男の腕が伸びる。

 だが、その腕は届く前に止まった。


「っ…何しやがるっ!」

「弱い物イジメは嫌いなんだよっ!」

 その腕を引き、反動で裏拳を相手の顔面に叩きつける。

 狼狽える相手に追撃として蹴りを入れる。

 しばらくケンカなんてしてなかったからか、動きが鈍っているのを感じる。


 蹴り飛ばされた刺青男は、体勢を整えながらポケットから小型のナイフを取り出した。

「テメェ!!」

 刺青男が大声をだし、チビ男はチンピラへの暴力をやめこちらを見ている。

「ほら、早くかかってこいよ。ヤクザども」

「このアマっ!殺してやるっ!」

 刺青男はナイフを振り回し、あたしへ真っ直ぐ突っ込んでくるが、“遅い”。

 縦、右振り、左振り、蹴り、相手の行動を全て見切り躱す。

「オラァ!!」

 そして、ナイフを振り下ろす大ぶりの攻撃を躱し大きくできた隙にあたしは全力の一撃を放つ。ナイフを持っていた右肩への正拳突き。


 大きな衝撃音と共に、刺青男は吹き飛ばされる。

 そして、鈍い音と共に壁に激突しそのまま地に伏せた。

 男の肩には、あたしの拳の跡ができている

 結構いったが、死んじゃいないだろう。

 昔流行ってた肩パンってやつだ。

 血だらけの男は何が起こったのかわからないといった表情をしている。

「…テメェ何してくれてんだァッ!?」

 傍観していたチビも一瞬何が起こったのかわからなかったみたいだが、すぐに怒声をあげた。


 うるせぇ。

「あん?殴ってる奴を殴っただけだろ?イーブンじゃねぇか」

 あたしは相手を見やると、腰が抜けている。

 あるいは身長が小さすぎてそう見えるだけか。

「ここらで引くなら後追いはしねぇよ?」

 まぁ、別に必要以上に懲らしめる必要もない。

 ヤクザをやりすぎると、もっと”上”が出てきてしまう。それは流石に厄介だ。


 だが、チビヤクザはあたしの言葉を挑発と受け取ったのか、懐からドスを取り出した。

「ヤクザが女一人に脅されてノコノコ帰れるかよッ!!」

「…あっそ」

 歯向かってくるなら仕方ないか。挑んで来るなら全員ぶっ飛ばすだけだ。

 チビはナイフを突き出し突進してくる。

 ド素人かよ。

 右足を振り上げて手首を打ち払いナイフを弾き飛ばす。

 そして上げたままの足を引き戻し、踵でそのままヤクザの顔を地面に叩きつける。

 あたしはヤクザの顔を踏みつけ、そのまま見下ろす形になる。

「ちっ…クソがっ」

「てめぇが弱いだけだ。チビ野郎」

 この態勢を体が覚えている。何度目かもわからない。

 厄介ごとが嫌いなくせに、気がついたら気に食わない相手をねじ伏せている。

 虐げられている人を見ると、自然と飛び込んで行ってしまう。

 別にヒーローになりたいとかじゃない。

 ただの自己満足だ。

 後ろで物音がして振り向くと、さっきまでヤクザに詰められていたチンピラが路地裏から逃げ出していった。

「あ!おい、ちょっと!」

 マジかよ、礼すらなしか。

 あたしが少しショックを受けていると、男は笑いだす。

「…頭でもイカレたか…?」

 そんなに助けた男に逃げられたことが面白いかよ。

「女でガキ。髪は金髪で、朱色の瞳」


「そして、”ケンカが強い”…」


 

 男は先ほどから何かをブツブツ言っている。

「お前…もしかして『(みやび)狂犬(きょうけん)』か……?」

「…ほんと誰なんだよ…そんな変な名前つけたやつ。てか”雅”は関係ねぇ。いつだって、あたしはあたしのためのケンカしかしねぇ…」

 『雅組』に迷惑をかけるつもりはない。

 ただ、あたしはあたしのやりたいようにやるだけだ。

『雅の狂犬』。いつからか名付けられたあたしの通り名だ。元々、野良犬と名付けられていたところから来たのだろう。

「顔をおぼえたからな…?俺たち『松葉組』がいつか叩き返してやる」

「なら、テメェを”口がきけねぇ”ようにしてやるしかないな…?」

 あたしは足を引き、拳を振り上げて。

 振り下ろす。

 

「そこまで」


 拳を男の顔の目の前で止め、声のした方を見る。

 先ほどあたしが立っていた路地裏の入り口に一人の少女が立っていた。

 黒髪のショート。服は…高校の制服に、ベージュのコート。そしてベージュのベレー帽。

 どう見ても浮いている服装の少女は、コツコツと音を鳴らしながらあたし達の方へ近づいてきた。

「警察を呼んだから、もうすぐここに警官が押し寄せてくるよ。だ・か・ら、そこのイカツイお兄さんたちは逃げたほうがいいよ?」

 ここから交番まではそれほど遠くない。

 すぐに駆けつけてくるだろう。

 そして少女は手元のスマホから動画を流す。

「それは…」

 ヤクザがチンピラを痛めつけているシーン。端にはあたしも写っている。

 これなら、文句無しの傷害罪の物的証拠になる。

「…チッ、おい逃げるぞ!」

 足元で転がってたヤクザは、急いで仲間を起こして逃げていく。あたしは横目でヤクザが走っていくのを見ながら、少女を睨みつけた。

「テメェ、これはあたしのケンカだぞ…」

 あたしの言葉を一切聞かずに少女はあたしの目の前に立った。

「おい」



「暴行罪、及び傷害の容疑で貴方を逮捕します」



 そう言って少女はあたしの手に手錠をかける。

 そうして、もう一方の輪に自身の手をかけた。

 少女の突然の行動に反応が遅れてしまった。

「…は?」

 あたしは驚き少女を見る。

「なんちゃって!」

 少女は無邪気で楽しそうに二人を繋いだ手錠を持ち上げて見せる。

「いや、ふざけんなっ!!外せって!!」

「鍵を忘れて来ちゃったからー無理っ!」

「はぁあっ!?」

 あたしが引きちぎれないか引っ張ろうとすると、少女が告げる。

「それ引きちぎったら、弁償してもらうからね?」

「どうしようもねぇじゃねぇか!」

 あたしの財布には今小銭が数枚入っているだけだ。

 というか、こんなアホなことで無駄な出費を増やしたくない。

 少女はあたしに傘とコンビニ袋を持たせて路地裏から通りへ出る。勿論、連鎖的に手錠で繋がれているあたしも連れ出される。

 そして、そのまま駅から逆の方へ歩き出した。


 電灯は傘を照らし、影になった彼女の表情はよく見えない。

 だが、チラリと光が当たる彼女の服装は何故かよく似合っている気がした。

 一挙手一投足に目を奪われる無駄のない綺麗な歩あゆみ。

 あれだけ、あたしの戦闘を見ていたのに物怖しない度胸。

 それに、天真爛漫で天衣無縫、傍若無人な振る舞い。

 少しだけ、この少女のことが気になった。

 ふいに少女が振り返る。

 

 傘で相変わらず彼女の顔はハッキリとは見えない。

 それでも、その眼はよく見えた。


 何もかも見透かしているような”蒼い”瞳。


 思わず息を吞んでしまう。

 人の形をした不思議とこの世から何処か外れた位置にいる存在。

 手元の手錠が得体の知れない怪物に繋がれた首輪のように感じる。

 何か、怪異にでも魅入られたような。

 そして、少女は口を開く。


「よろしくね?『雅の狂犬』こと、佐倉小春(さくらこはる)ちゃん?」


 これがあたし、佐倉小春と、この少女、白百合玲音(しらゆりれいね)の出会いだった。



──第一話『3days』──





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