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やがて、新谷先生が黒いジャージにポロシャツという、いつものいでたちで教室に入ってくる。朝の会が始まり、日直が「みんなから、何かありませんか」と言ったとき、菊池が右手を垂直に挙げた。
このとき私は、心臓を釘で打ち抜かれる思いでいた。他の四人を観察する余裕もないほど、全身が緊張と焦りに苛まれていた。
「昨日、エビス屋スーパーのゲームセンターに戸田幸夫くんがいるところを見ました」
瞬間私は、暗号遊びを追及されるのではないとわかり、ほっとした。どちらかというと、私の緊張が菊池の告発により、クラス全員に分散し、薄まったように感じた。
「幸夫、立て」
髭剃り跡が青々と残る壮年男性にこのように言われれば、どんな小学生だって怖気づくに決まっている。
「あ、いや」すでに声が震えている戸田幸夫は、立ち上がりながら言い訳を始めた。「お父さんも一緒でした。本当です。信じてください」
「本当だろうな」
「はい。本当です」
「次やったら、お父さんに電話して確かめるからな。座れ」
気づくと、隣に座る女子から一枚の紙片が届けられた。そこには同じみの丸が十二個描かれてある。顔を上げると、目配せをする友美と目が合った。さらに見渡すと、もう結菜と平太もその暗号を読んだらしかった。
暗号は全部で六文字。五文字目にだけ濁点が振ってある。
もちろん先生にバレないよう、頭を引っ込めながら、紙片の丸を順に嗅いでいく。
もはやこの時、暗号表など見なくとも、一つ一つゆっくり嗅ぐことで解読できるようになっていた。
「ユキオ 寝ぐせ」
この緊張の中で笑いをこらえるのは、相当困難であった。見るとたしかに、いまだ魂を抜かれたようにして座る幸夫の後頭部から、人差し指ほどの毛束が天井に向かって伸びている。
友美は笑いで死にそうになりながら、手で雄二にも回すよう指示した。私も笑みが漏れないよう肘で口元を隠しつつ、こっそりと紙片を雄二に回した。