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妥当に考えて、二学期の初め頃。
朝の会が始まる前、教室の後ろで平太が四人に声をかけた。何かをもらえる予感を抱えた我々は、当然紐で引かれるように彼の周りに集まった。
平太は小さな巾着袋から、弁当に入れるあの小さな醤油入れを出し、四人に配った。さらに気が利くことに、コンパクトになった手書きの暗号表【図9】まで出してきた。
表を見ることで、私も他の三人も、何を渡されたのか合点がいった。それぞれに七本ずつ配られた醤油入れにも、「ドルガバ」から「イヴサンローラン」まで香水のブランド名が書いてある。
「すごい。くれるの?」友美の声は他の三人の感想も兼ねていた。
「うん。お母さんに聞いたら、少しくらいならいいって」
四人は、平太の母の菩薩のような施しに、ただただ感心し合った。ただし、それぞれに与えられた香水のセットが、少量とはいえ数千円することに気づくには幼過ぎたのだった。
こういった「秘密の遊戯」に、当然ながら野次馬はつきものである。友美と結菜が保健室から人数分の綿棒を拝借して来たことで、準備は整った。そして同じ頃、クラスの女子、菊池和代が我々の輪に首を突っ込んで来た。
「何してるの」
菊池はその頃、誰もが忌避する「告発女子」として、その名をクラス中に轟かせていた。菊池の目に入った悪行は、例外なく担任の新谷先生に伝えられる。これは、朝太陽が東から登る、水は百度で沸騰するといった、普遍的な自然現象の一つとまでみなされていた。
しかし、このときの友美の対応は、見ている我々が置き去りになるほど毅然としていた。
「菊池さんも入る?」友美はそう言って暗号表の一枚を差し出し、簡単に仕組みを説明した。
そう。友美にも我々にも菊池を仲間外れにする気はなかった。ただ、先述のように、我々は平太の家で数時間、解読の訓練を積んでいたのである。しかも、多大なる情熱と享楽を伴いながら。
この時点で、解読未経験者と我々の間に超えがたい壁が出来ていたのを、きっと友美が最も理解していたのだろう。一通りの説明を聞いても菊池は、「ふうん」と頑なに寂しさを隠すようにして、表を友美の胸に突き返した。