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もうこうなると、ドワーフらの出題合戦に歯止めはかからなくなった。順番という社会の基本理念は粉々に砕け、四人は次々に画用紙を引きちぎり、自分のものとした。ペンの奪い合いも必然的に始まった。それに敗れた私などは、仕方なく平太の部屋に余分のそれを取りに行かなければならなかった。
「あんまり長いのはダメだよ」結菜の声が聞こえ、私はちらと、言われた平太の手元を見る。彼は、散歩が足りていない小型犬のごとく手を動かし、紙に無数の丸を書きつけていた。当然それはすぐに却下されたが、そのうち各々が考えた短いフレーズが何枚も出揃った。
もちろん、そのとき一人一人が香水で何と書いたかは記憶にない。私は「トゲゾー」と記すことで―――伸ばし棒も直接ペンで書く―――不用意に受けを狙ったが、見事に失敗した。きっとそれは、他の出題紙片に埋もれ、最後まで解読されなかったのだろう。
そのうち、雄二の作成した紙を嗅いだ友美が、高らかに笑い出した。箸が転んでもおかしい年頃というが、このときの友美がまさにそれであった。喉を引きつらせて笑う少女の姿は、ゼンマイを巻き過ぎたネジ式人形のように見えた。
「何て書いてあったの」すぐに反応した結菜が、笑いで壊れた友人の手から紙片を奪う。しかし、解読はすぐには成功しなかった。次いで平太も試みたが、その四文字を突き止めることはできなかった。
最後にその紙を受け取った私は、ゆっくり且つ慎重に、香水がふられた箇所を嗅いでいった。この時点で私は、いくつかの香水の匂いは記憶出来ていたように思う。それに、すぐ目の前の解読に対する栄誉が、私の集中力を普段超えない閾値まで高めたのだろう。何度も違う香水を嗅ぐという二度手間を極力避けることで、私は何とかその四文字を解読できた。
「赤チン[※1]」
私が言ったことで、今度は結菜も爆笑した。こういったフレーズの選択で簡単に笑いを取れた友人たちを、私は今でも尊敬している。これがあってから数ヶ月、友美と結菜がことあるごとに「赤チン塗っても治らない 黒チン塗ったら毛が生えた」と替え歌を口ずさんでいたことは、このストーリーとは関係のない、いわば余談である。
[※1]:商品名、マーキュロクロム液。主に、皮膚の軽度の傷に用いられた殺菌剤。「赤いヨードチンキ」の略、「赤チン」の通称で1930年代から長く親しまれたが、2020年12月をもって製造終了を迎えた。