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オートサンプラに検体が飲み込まれてから分析結果が出るまで、若干の猶予が生まれた。モモちゃんは私と一緒にドンジャラに興じる、ことはせず、一人ネットの世界に没入してしまった。そうなると、机に置かれたままの暗号の残骸がいかに雄弁に過去を語るかが、否応なく意識されてきた。
果たしてこれは、本当に新谷先生が平太から取り上げたものだったのだろうか。紙片に残ったボールペン跡を改めて見ると、それは動かしようのない事実に思えた。向こう見ずな男子らしい、いびつで勢いのある筆致、これを他人が真似るのは不可能と言っていい。
するとなぜ、三文字ではなく五文字なのか。雄二はこれについて訊かれたあと、「森勢神社との中継地点を表しているのでは」と答えた。私が教科書を埋められたときのように、これには別の場所が指定されていて、そこに「モリセ」と書かれた暗号があった、というのである。
なるほど、たしかに一理ある。しかし、その場合、なぜその「モリセ」と書かれた暗号が、その後どこからも出てこなかったのか、という疑問は残る。私の教科書を隠されたとき、中継地点は幸夫の家であった。そのように誰かが平太から暗号を託されたのなら、後に「平太から変な紙もらった」と、申し出て来ても良さそうではないか。
ガスクロマトグラフィが、秩序のお手本のような電子音を出し、分析の完了を告げた。モモちゃんを見るとすでに、測定器横のディスプレイに二本の鋭い視線を突き刺している。私も椅子のキャスターで座ったまま移動し、斜めから青白い画面を覗いた。
彼女から説明があったとしても、香気成分の質量ピークを表すグラフは、部外者である私の理解を軽く超えただろう。かろうじて読み取れたのは、英語で表記された「メントール」や「ベンジルアルコール」といった成分の名称だけだった。
そもそも比較する香水サンプルも持参しないのでは、香水を特定するのは不可能、という声があがるかもしれない。私もこの訪問の前、街中のデパートを駆けずり回り、サンプルをかき集めて来るつもりでいた。しかし、寺本くんに相談した際、その必要はないという結論に達したのである。
市販の香水を分析にかけたところで、十五年前の紙片についたものとはかけ離れた結果が出るに決まっている。それよりも、香気成分のグラフを見比べることで、どの丸とどの丸が同種か特定した方が早い、という。さすがは大学院生、これを聞いたとき、私の頭に正解への光る一本の線が走ったように感じた。




