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6-3

 大説教の後の謝罪行脚(あんぎゃ)を済ませると、もう陽は沈みかかっていた。紫の空を背にする黒々とした枯れ木は、ざわめく胸に浮き立つ血管そのものであった。


「ない」森勢神社の小ぶりな拝殿の床下から、平太の切羽詰まった声が聞こえた。

「本当にここに隠したの」友美が訊くと、締め上げられる鳥のように、平太が「今朝ここに置いてきたんだよ」と答えた。


 それから五人による境内の一斉捜索が始まったが、徐々に視界が暗くなる中でのそれは徒労でしかなかった。茂みという茂みをかき分け、重い石を数人で裏返してもみたが、結局、平太からの「お返し」は見つからなかった。平太によると、四人それぞれへの贈り物を、クッキーの空き缶に入れて、学校に来る前、神社の拝殿の下に隠したのだという。


「何くれるんだったの」当然、私は訊いた。

「駆留には、ミスチルの非売品のデモテープ」

 平太の思いもよらない返事に、私は「はああ?」と間抜けな声を出した。他の三人へ用意された贈り物を覚えていないのも無理はない。それほど、このときの平太の言葉は私にとって衝撃だった。


「絶対噓でしょ」私は口を尖らせたが、平太は真剣な眼で「いや、ホント」と言った。

「いや、だってそんな物手に入るわけないじゃん」

「うちのお父さんの知り合いが音楽関係の人でさ、その人に貰ったって。駆留、音楽好きそうだからちょうどいいと思って」


 我ながら現金だとは思うが、私はこれを聞いて初めて、「お返し」を盗んだ犯人に怒りを覚えた。それは腹の内から気泡のように沸き上がり、珍品が手に入るはずだった別の未来と交錯することで爆発した。


「盗んだ奴をここに連れて来い!そいつの局部を塩で揉みしだいてやる!」

「落ち着け、駆留」雄二が、その辺の石を叩きつける私を抱きかかえて、制した。

「気持ちはもらっておくよ」結菜がなだめるように言い、友美も「そう、もらったのと一緒だよ」と同調した。


 もう視界の大方は黒一色だったが、それでも平太が泣きじゃくっているのがわかった。袖でこすってもこすっても、流れ出る涙を止めることはできなかった。暗がりの中、少年のむせび泣く声が凍える季節の気配と共鳴し、伝わった。


 断言するが、このときの平太の涙、溢れ出る感情は本物だった。彼が泣くところを見るのも、これが最初で最後だった。友人に渡すプレゼントを奪われた悔しさ、見れるはずだった仲間の笑顔を失った虚しさ、これらが冷え行く空気に乗り、少なくとも私の心臓に次々と突き刺さったのである。



 と、私は十五年ぶりに受け取った紙片により、ここまでの顛末を思い返すことができた。すでに札幌に戻った雄二に携帯で電話をかけたのは、過去を懐かしむためだけではなかった。

「そんなこともあったなあ」雄二の記憶にも大きなずれはないらしい。それから、お互いが覚えている細かな箇所を補完し合い、以上の回顧譚は完成した。


「でもさ」私はデスクに放り出してあった紙片を手に取った。「平太がプレゼントを隠した場所が森勢神社だったなら、『モリセ』だから、丸は全部で六個のはず。だけど、これには十個の丸が書いてあるから、ここに書いてある言葉は全部で五文字なんだよ」

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