6-2
新谷先生は教卓を兼ねた実験台に腰のあたりをもたせかけ、横一列に並ぶ我々の顔にじっくりと視線を這わせた。先生が何か言うまで我々は一言も発することができず、ただ床のタイルを見つめていた。
「何で呼ばれたか、わかってるな」
私を含め五人はしばらく何と答えるべきか迷っていたが、そのうち、たしか雄二が「メモ書きを回してました」と、代表的に白状した。
「先生が見てないと思ったら大間違いだ」新谷先生の声は、肩に重くのしかかるようであった。
「黒板の前に立つとわかるけどな、みんなが席で何をやってるかなんて、一目でわかるんだ。友美が何かメモを回して、幸夫のことをくすくす笑っていたな。友美、自分がそれをされたら嫌だろう」
「嫌です」友美がか細い声で答えた。これほど縮こまった友美の姿を見たのは、後にも先にもこのときだけだった。
「雄二、平太、そして駆留。お前らは先生の家まで来て何かいたずらしていたな。いいか、これもよく覚えておくように。外の様子なんて家の窓から丸見えなんだ。遠くから家の窓を見ても、中の様子は見えないだろ。それと同じように、家の中にいる人も外にいる自分を見ていない、なんて思うな。家の中から外を観察してる人は案外多い、と思った方がいい。先生の奥さんがな、お前ら三人が郵便受けでこそこそ何かやってるところを、全部見ていたんだからな」
先生は「全部」のところを特に強調して言った。バレていないと思っていたことが全てつかまれていたと知り、私の頭は恥辱と困惑でゆらゆらと揺れた。
「神社の隣の家にもお前ら五人、無断で入っていったな。職員室に電話がかかってきたぞ、おたくの生徒じゃないかって。それに日曜には、みんなで勝手に花壇をほじくり返していただろ。今先生が言ったことに、自分は関係ありません、と自信を持って言える人は手をあげてみろ」
もちろん誰も手をあげなかった。反駁の余地は一切なく、我々はそこに突き刺さった棒のようにして、ただそこに立っていた。
「誰かまだメモを持ってるのか」先生が訊くと、平太が片手を弱々しくあげた。「平太、今すぐ教室に行って、自分の鞄を取ってこい」
平太がリュックサックを持ってくると、先生はチャックを開けさせた。そして中を検分すると、丸がいくつか書かれたいつもの暗号紙片を一枚、引っこ抜くようにして取り出した。
「何だこれ」当然このとき、先生がまごついたのも無理はない。メモ書きだと思って見たら、そこに文字が書いていないのだから。ここでもやはり雄二が、我々の暗号について簡単に説明した。七種類の香水とひらがなの関係を聞いた先生は、「よくそんなことを思いついたな」と、このときだけ顔を緩めた。
それから、その日のうちに我々は、用務員の先生、神社の隣家、そして平太の母それぞれに謝罪して回ることになった。 用務員の先生は「花壇はみんなのものだから」と、終始穏やかに我々を諭した。神社の隣家の家主は、不法侵入が大人であればいかに重大な犯罪かを、厳しい口調で言い立てた。平太の母は最後の新谷先生同様、「そんな面白いこと、よく思いつくわねえ」とむしろ感心していた。
帰り際、平太の母が我々四人になぜか、おみやげにとボンカレーを二袋ずつ持たせてくれた理由だけは、おそらくこの先永久に不明のままなのだろう。




