6-1
平太が転校することになった。
冬の匂いとでもいうのだろうか、空気が凍てつき、雲が雪を溜め始めた頃、下駄箱の外靴に一枚の紙片が差し込まれているのを見つけた。全部で四文字。
エビス屋
玄関には私一人で、そのときから何か、瓦解ともいえる変化の兆しが感じられた。それは淡い寂寥の霧で、また、「子供であること」を盾に無責任でい続けたつけのようでもあった。
エビス屋スーパーの駐輪場にはすでに、見慣れた三台の自転車が停まっていて、どの面々がいるか大方の察しはついた。非常階段脇のベンチで、雄二、友美、結菜の三人が人目を避けるようにして、小声でささやき合っていた。
「知ってる?平太、転校するんだって」友美のキレのある言葉に、私は「うん」とだけ答える。
父親の都合。決まって、子供に伝えられる理由はこの程度で、それ以上聞かされることは滅多にない。どのみち、父親が事業で失敗しようが、逆に一山当てようが、そういった下世話な話をされたところで、我々は十のうち一も理解しなかっただろう。
平太に何かプレゼントをしよう。集合場所がショッピングモールだったこともあり、話は自然とその方向へ流れた。このとき何を買ったかは、それほど重要ではないように思える。
散々迷ったあげく、お菓子の詰め合わせにしたのだったか、それともお風呂セットだったか。カブトムシの幼虫を買おうとして、子供同士だったためにあっさりと断られたこと、そして相変わらずゲームセンターに入り浸っていた幸夫から、「お父さんも一緒だから」としつこく言われたこと、この二つだけははっきりと思い出せるのだが。
夕方、四人で金を出し合って買ったプレゼントを、平太の家まで届けに行った。このとき平太はいつもの憎まれ口を叩かず、「ありがとう」と素直に喜びを表した。ただし、隣にいた平太の母親が「お返しをしないと」と、平太の千倍ほど感謝の意を伝えてきて、玄関における彼の存在を隅へ追いやってしまった。
我々は突然、事件の日を迎えた。
朝、平太が教室で「この前のお返しを用意した」と、我々四人に言ってきた。当然、色めき立った我々は「何をくれるの?」と口々に尋ねた。平太は「何を用意したかも、隠し場所も、あとでのお楽しみ」と、満面の笑みでもって答えた。
「おい!そこの五人!」
このときを上回る驚きは、今のところほぼ経験したことがない。物理的に脈を乱した心臓がなぜ止まるに至らなかったのか、今でも不思議に思うほどである。
見ると教室のドア枠に、腕を組んで仁王立ちする新谷先生の姿があった。何で叱責されるのか予想はついていて、それは他の四人も同じらしかった。さらに観察すると菊池も、先生の背後に隠れるようにして立っていた。
「あの五人、こそこそ秘密のメモみたいなのを渡し合って、いたずらばかりしています」
こうして、次の時間は自習になり、我々五人は別で理科室へと連行された。




