2-1
平太の家は我々にとって、半分以上「公共の場」であった。小学六年の夏休み、平太の家で開かれた誕生会には、クラスの別なく、およそ三十人の男女が招かれた。そのときの光景は、常識で固くなった今の頭で考えると驚嘆に値する。玄関の扉は開放され、遊びに命を賭けた子供たちが、「お邪魔します」「お邪魔しました」を口にすることなく、それぞれ自由に内外へ駆け出していく。リビングではゲーム、平太の部屋では読書、道路ではボール遊び、という具合に、各々のグループが本能で選択した遊戯に没頭していた。可能なら平太の両親に、あのとき家具や壁が破壊される心配をしなかったのか聞いてみたいところではあるが、今ではそれは南極への日帰り旅行くらい難儀なのである。
あの日、その無謀なパーティの余情が、滞留するガスのように付近一帯を包んでいたに違いない。私が平太の家を訪ねると、そこにはすでに雄二と、結菜、友美の女子二人組がいた。私の放った「お邪魔します」が虚しく廊下の壁に吸収されたことで、平太の両親の不在と、飽きを知らない連中の熱中ぶりを知った。
リビングへ入ると案の定、友美以外の三人が、スーパーファミコンを繋いだテレビの前で盛んにわめき合っていた。
「本当だって。トゲゾーは踏めるんだって」雄二が叫ぶと、結菜と平太がそれぞれ、「絶対踏めないって」「いいから、早く次のステージ行けよ」とうんざりしながら言った。
コントローラーを握った雄二はそれでも、あの架空の棘つき生命体を踏みつけにより攻略できる、と主張し続けた。
「そこクリアしたら、次私ね」結菜の顔には、もう何十時間も待っている、と書いてある。それに対し平太が制止するように「次は俺だって」と言葉を重ねた。
私が後ろへ座ると、軽く振り返った雄二が「おお、駆留来た」と挨拶代わりの声をかけた。だが、返答する間もなく二人が、「雄二がトゲゾー踏めるって言うんだけど、絶対無理だよね」と口々に同意を求めてきた。私は「じゃあ、踏んでもらえばいいんじゃない」と、取りすまして答えた。すると、「いとこの家では出来たんだよ」「さっきから死んでばっかりじゃん」「わかったから、早く次行けって」と異論が入り乱れ、私は火に油を注いだことを若干反省した。
それからしばらく、四人で思いついた端から言葉を放り込んでいると、突然しゅっと音がし、場にそぐわない香気が鼻をくすぐった。
「臭っ」このような男子の否定癖はこの年頃特有のものなのだろう。しかし結菜は「いい匂い」と、やや陶酔に近い表情を見せた。ついでに私はというと、臭いとは思わなかったが、そのとき友美がふざけてトイレの消臭剤でも持ち出したのだと思った。
振り返ると、香水の瓶を持った友美が、いかにもしてやったりといった顔で我々を見下ろしていた。友美が握る瓶は、床であぐらをかく私の目の前にあったが、それが何というブランドだったかは思い出せない。
「勝手に使うなよ」平太が抗議するように言った。
「ごめん。すぐ戻すから」友美はそう言ったが、瓶はすぐには戻されなかった。ノズルを近づけられた結菜は、再度自ら匂いを嗅ぎ、「それ何。香水?」と目を輝かせた。