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暗号とも紛失事件とも直接関係ないのだが、同時期にクラスで起きた「美空ひばり事件」について触れることも、あながち無意味ではあるまい。
94年当時、テレビを中心とした娯楽メディアは隆盛を極めていて、とりわけJPOPは画面から水道のごとく溢れ出てきた。一枚三千円のCDアルバムが何百万枚も売れたあの時代は、まさに「音楽バブル」だったのだろう。そして多感な小中学生が、そういったメディアのひけらかす慰み物に感化されないはずはなかった。
主に女子が、流行の音楽やテレビ番組を自身の一番の嗜好として語るとき、私はそれらが何故か「自分に最も欠けているもの」であるように感じた。簡単に言えば、自分が流行に遅れていると感じて、焦り始めていたのである。
私は早速親に頼み込み、TRFのシングル「Survival Dance」を買ってもらった。これは、人生で初めて自分の物として所有したCDであり、レコードとは違うのはわかっていたが、擦り減って無くなるのでは、と思うくらい繰り返し聴き込んだ。
この曲はまた、内田ユキ主演のヒットドラマ「十七才」の主題歌でもあり、「聴いていることを知ってもらう」ことで、「流行に乗り遅れていない」と周囲にアピールするのにうってつけであった。
ここまで話せばわかってもらえると思うが、私は「格好のつけ方」を完全に間違えていた。およそ格好のつくはずのない、直径10センチほどの缶バッジをキャップ帽につけ、喜々として近所を歩いていた。そして「音楽」もまた、何の取りえもない自分に施す装飾品の一つだと勘違いしていたのである。
一方、ある学活で、新谷先生がクラス全員に変わった提案をしてきた。先生は我々に、適当な人と組んで、「自分たち独自で『係』を考える」よう指示した。小学校時代の「係」といえば、どんなものを思い出すだろう?生き物係、ゴミ集め係、などは割とポピュラーで、筆頭に挙がるだろう。私はそのとき、たまたま幸夫に声をかけられ、二人で「どんな係が良いか」知恵を出し合った。
生来天邪鬼である私はこのとき、「誰もしたことのない係」を望み、幸夫に次のように意見を言った。「クラス全員にアンケートを取り、給食の時間にかける音楽を決める係はどうか」。ちょうど親に買ってもらったCDも何枚かに増えていて、それに幸夫の持っている分も合わせれば、うまくいくように思えた。
我々がそのように発表したとき、「美空ひばり事件」は起きたのである。




