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4-6

 その日の放課後に、平太は暗号作成にとりかかっていた。


 遊びのイメージを十分に描いた子供が、その前に宿題でも済ませよう、という発想を持つことはない。平太は赤ペンと綿棒でせっせと作業に励み、雄二は出来上がった紙片を背後から遠慮なくつかみ取った。


「菊池か。とうとう来たな」

 雄二が嗅ぎ終えた紙を受け取り、私も香気を確かめる。丸は六個、全部で三文字。もはや、六本目まで嗅がずとも、「キクチ」の三文字がすぐに浮かんだ。


 あの朝の会で、告発というボディブローにより幸夫を闇に葬った、あの菊池和代。

「菊池はヤバいだろ」私は小声で言いながら、教室を見渡す。他の掃除当番らが談笑する横で、菊池は一人黙々と床をほうきで掃いている。あの頃、決して周囲に流されなかった彼女の体からは常に、否定し得ない「正しさ」の波動が、釈迦の後光のごとく放たれていた。


「じゃあ後でな」雄二は平太に言うと、私の手を引きながら教室を飛び出した。


 菊池の家のどこにするか。郵便受けは初回に試されたのであり、我々二人はそれ以外の隠し場所をひねり出そうとした。植木鉢、傘立て、庭石の下。

 屋根の上など手の届かない所にすると、回収できなくなり、意味がなくなってしまう。


 白壁の静謐(せいひつ)な一戸建てから物音は聞こえず、その住人のつつましさがありのままに示されている。我々は中々答えを出せず、まるで隙のない菊池家をただ突っ立って見上げていた。


 早くしないと、掃除を終えた菊池が帰って来てしまう。そう焦り始めたとき、聞き覚えのあるかん高い声が我々の耳に入った。


「ストップ、ストップ」見ると、結菜が手を振りながら、自転車で我々に向かっていた。「今日の集合場所は森勢神社に変更」


 神社の入り口にはすでに、友美も平太もいた。

「菊池さんは、本当にやめといた方がいいよ」友美の顔はいつになく真剣であった。その様子は、それまでの冗談を超越していて、男子三人から瞬時に熱気を奪い去った。


 私の横で、何やら紙を取り出した雄二が「えっ」と目を丸くした。それは先ほど我々がくすねた結菜の答案だった。私も覗き込んで間もなく、驚きの声を上げてしまった。


 折り目で隠れていた箇所には、大きく「92点」と書かれてあった。

「雄二、お前何点だった」私が訊くと、雄二は一瞬言葉を詰まらせてから「53点」とつぶやいた。


 こうしてこの日五人は、「雄二の点が、栗を野菜と勘違いする人物よりも低かったこと」で盛り上がり、その後解散した。今振り返っても、あの「宝探し」はあれで終わって良かったのだろう。あのままエスカレートすれば、誰かが、親の保険証まで持ち出したかもしれないから。

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