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あのゲームセンター中毒の戸田幸夫は在宅で、アパートのインターホンを押すとすんなり出て来た。生活臭を纏った幸夫は、ある程度事情を知っているらしく、突然訪ねた私を不思議がろうとしなかった。
「幸夫、いきなりごめん」私は自転車に鍵をかけなかったこともあり、早口で言った。「雄二とか友美とか来なかった?」
「さっき来たよ」幸夫はぜい肉でぱんぱんになった躰をくるっと返し、家の中へ入っていった。幸夫を待つ間、父親らしいランニング姿の男性がリビングからちらっと顔を出し、私の姿を認めた。しかし、それっきりで何一つ声はかけられず、私はその場に据え置かれた。
「ケツに挟む?」
「ケツ?」
ようやく戻って来た幸夫に訊かれ、私は思わずそう返した。見ると幸夫は片手に、見慣れたいつもの紙片を持っている。
「うん。雄二が今朝、この丸が沢山ついた紙を渡して来てさ、『これをケツに挟んで、駆留に渡してほしい』って」
言い終わらないうちに、私は幸夫から紙片をひったくった。そんなことをしたら、香水の匂いがわからなくなる、と思ったが、余計なことは言わないでおいた。
「駆留」幸いなことに、幸夫は紙片について興味を持たなかったらしい。「ビーバップハイスクールのビデオあるんだけど、一緒に観ない?」
さらに幸夫は、もじゃもじゃの髪をリーゼント風により合わせ、「俺は俳優だぜえ」と狭い廊下を行ったり来たりし出した。
「また来るから、その時にな」私は無理やり玄関扉を閉めると、エレベーターのないアパートの階段を、一段抜かしで駆け下りた。
外に出てから、改めてアパートを見上げると、幸夫の部屋の窓が開いているのが見えた。姿こそ確認できなかったものの、まだ「俺は俳優だぜえ」という呑気な声が、秋風に乗って聞こえてくる。テレビで戸田幸夫なる俳優を見たことは、今のところ一度もないわけだが。




