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 あれは27になる年だった。もう散り散りになってしまった「暗号遊び仲間」も当然、どこかで27才を迎えていたはずである。


 ただ、雄二とだけは、そのときまだ繋がっていた。

「よくこんなもの残ってたな」私は半ば呆れつつ、雄二から受け取った紙片を鼻に近づけた。

 もちろん匂いは残っていない。あるのは、当時平太(へいた)が黒のボールペンでぞんざいに描いた十個の丸だけ。


「新谷先生がさ」向かいに座る雄二が、かき氷にスプーンを刺す。ガラス容器に盛られた氷の削りかすには、カスタードクリームのようなものがまんべんなくかかっている。周囲の目を気にせずそれを口に運ぶ雄二の姿のどこかに、「隠し場所」が書かれた暗号を手渡しながらにやにや笑う、あのいたずら少年の面影が残っている気がした。


 Kプラザホテルの四階。小学校教師の新人研修でもあったのか、そのとき雄二が何の用事で札幌から東京に出てきたかは覚えていない。不思議なことに、会社から池袋まで意外と距離があるな、と来るまでに焦った感情は、こういった記憶とセットで思い出せるわけだが。


「新谷先生がさ」雄二が再び強調して言う。「昨日くれたんだよ。俺もびっくりしたよ。久々に会って、しかもこんなものまで出てくるなんて」

「物持ちの良さが異常だな」


 私は改めてその「暗号」を眺め回す。それは間違いなく、十五年前の1994年、担任の新谷先生が平太から取り上げたものだった。

 今考えても、それは奇跡的な瞬間だったといえる。なぜなら、生徒からすれば、出会う担任教師は高校まででもせいぜい十人前後だが、教師が受け持つ生徒の数は、定年間近であれば千人近くにのぼるのだから。


「俺たちのことを覚えていて、さらにこれを取っておくなんてな」私が感心して言うと、雄二が「普通ならとっくに灰になって、大気中に拡散してるよな」と笑った。


 ある物が気になれば、誰の所有かも考えず手に取ったあの頃の記憶。さすがに、向こうから電車が来るかもしれない鉄橋を徒歩で渡るという無茶はしなかったが、その年代の子供同様、人への配慮を持たず、大人の作った決まりや常識に槍騎兵のごとく立ち向かった。「立ち向かう」という意識などなく、ただそれをしたいという衝動のみによって。


「お前、あの三人と連絡取ってる?」私は紙片をテーブルに置いて、訊いた。

「いや」

 このとき私は、長い年月が人々の絆に振り下ろす刃の鋭さを背中で感じた。小学校の卒業アルバムのアンケートで、「明るい人一位」に選ばれた雄二にしては意外に思えた。ランキング圏外だった私であればなおのこと、残りの「暗号仲間」の近況を知らない。


「やるか、それ」

「え」

 ずい、と前に出された紙を見て、私は思わずそう声を出した。


     ◇


 さて。「ユキオタフ」。


 これは当時、平太の残した「最後の暗号」に記されていた言葉である。平太が我々に用意した品々がなくなった事件を思い返すうち、私は思いがけずこの言葉の意味を知った。これから、その経緯に触れてもらうために、どうか読者諸氏の貴重な時間を分けていただきたい。


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