魔王様に白ワンピ着せるぜ!
「これ換算してもらっても良いですか?」
「かしこまりました……こ、これは……鑑定に掛けますので暫くお待ちください!」
「はい! お願いします」
俺たちは再びギルドに戻ってきた。
魔石、材料、その他色々のアイテムを鑑定し、お金と交換してくれる窓口のお姉さんは慌てた様子で奥にある機械に魔石を持っていった。
「本当、さっきやっておけば良かったものを……」
「そんなこと言われても〜忘れてたんだから仕方ないじゃ無いですか〜」
レスティア様は呆れ顔で愚痴を溢している。
俺だって忘れたくて忘れたんじゃないんだから、許して欲しい。
「お待たせしました! こちらの魔石、どちらで入手されたものでしょうか!?」
「え、えっと、街出てすぐの森で……」
「本当ですか!? これはダークベア——B級に値する魔物です! こちらは貴方が倒されたのですか?!」
「そうですけど……」
想像していたよりも遥かにギルド内は騒然としている。
お姉さん方だけではなく、飲み食いしていた冒険者まで「ダークベアだとぅ?!」「アイツがダークベア倒しただって?!」と、沸き立っていた。
よくよく考えたら、この地域でB級の魔物が現れるなんて前代未聞だもんな。
ほんと、色んなことがあり過ぎて感覚麻痺ってるわ。
「ご報告、ありがとうございます。こちらが魔石の換算分銀貨5枚、それとこちらが臨時報酬の銀貨60枚になります」
「銀貨60枚?! こんなに良いんですか?!」
俺は身を乗り出してお姉さんに確認した。
だって、報告しただけで銀貨60枚だぜ? 魔石よりも高くなってるじゃん。そう簡単には信じられない。
「はい、お間違いありません。今回、被害の出る前に駆除して頂いたこと、それをご報告してもらったことを考えれば妥当な金額となっております」
「やったぁ! レスティア様、これだけあれば好きなもの沢山買えますよ!」
「そ、そうなのね」
人前だから口調を変えているレスティア様は、これがどれだけの大金かわかっていないようだ。
これだから冒険者の苦労を知らない人ったら嫌になっちゃう。
「早速装備その他諸々買いに行きましょう!」
「ちょっと、わざわざ走らなくてもいいじゃない」
「あ、ちょっと待ってくださ——」
俺は、レスティア様の手を引き駆け出した。
銀貨を合計65枚、普段常に身につけている袋に入れ疾走した。
ギルドのお姉さんが何か言っていたような気もするが、止まらない。寧ろ加速するぜ。
「おい! いつまで引っ張るつもりだ!」
「いでぇ!」
ギルドを出て尚も手を引っ張り続けていると、レスティア様が逆に引っ張ってきたのでバランスを崩して転んでしまった。
「お主、こんな人がいる中でよくそんな恥ずかしいことができるな」
「す、すみません〜……」
「別に怒ってはおらぬぞ」
ちょっとテンション上がり過ぎていたな。
たしかに、男と女が手を繋いで走ってたら何事かと注目を浴びるよな。
レスティア様は口では怒っていないと言っているが、微かにだが顔が赤くなっているので、内心怒っているのだろう。
人前だからか追撃の蹴りなどが来ないのが救いだ。
…………ん? テヲツナイデ?
「どうしたのだ? 転んだ拍子に足でも折れたか?」
「い、いえ、そ、そう言うわけでは……行きましょうか」
「うむ」
俺が転んだままの無様な格好でフリーズしていると、レスティア様が心配をしてくれたので、何も動揺してないぜ感を醸し出す為にすくっと立ち上がった。
(だめだだめだ。また意識してる。いくら見た目が可愛いからって、中身は魔王なんだぞ!?)
俺たちはよそよそしく防具屋に向かった。
まあ、俺が一方的によそよそしくしちゃったんだけどね。
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「ミライよ……私にコレを着ろと、本気で言っているのかな?」
惚れ惚れしてしまうその眼差し——よくジト目と言われているそれを体感する日が来るとは誰が思っただろうか。
俺は防具屋に着くと、自分の装備そっちのけでレスティア様の装備から選んでいた。
俺も大概ボロボロだが、レスティア様が今着ている赤いドレスもよく見たら所々汚れてしまっていたり、小さいながらも穴が空いていたりしている。
「いいじゃないですか。レスティア様ならきっと、いや必ず似合いますから!」
「ええ。とてもお似合いになられると思いますよ。なんなら試着だけでもして行ってくださいな」
「ほら、おじさんもこう言ってくれてるんだから! 試しに一度だけ、ね? 着てみてくださいよ」
「……そこまで言うのなら……」
レスティア様は俺が持たせた服を、恥ずかしがりながらも手に持ち、試着室の中に入って行った。
布一枚先にはお着替え中の魔王がいる。
ガサガサと服を脱ぐ音、また着る音が聞こえる。
俺は生唾を飲んで、出てくるのを待っていた。
「ど、どう? 変……じゃない?」
「な……」
「似合ってないんでしょ! だから着たくなかったのに……」
「ちょ待って違うんです! 余りにも可愛すぎて声が出なかっただけなんですぅ!!!!」
「ふぇっ?!」
かんっっっっぺきだ!
俺の采配に間違いはなかった!
銀髪の長い髪を垂らす翠色の瞳、凛とした顔立ちに加えて真っ白なワンピース!
俺が夢見た理想の女の子が今、目の前に誕生した!
「そ、そんなジロジロ見なくとも……服が変わっただけで可愛くなんてなりはしない……ぞ?」
「グハァッ! その上目遣い、狙ってやってますよね!!」
「バレちゃうか〜。あまりにも反応が面白くてつい、ね?」
「同じでは食らいませんぞ!」
「良いですねえ……実に良い。本当に良く似合っております。この装備を作っておいた甲斐がありましたよ。お買い上げ、如何しますか?」
「あっ……お願いします」
「ちょっと、私は買うなんて一言も——」
「おいくらでしょうか!!」
「銀貨80枚のところ、大サービス! 銀貨8枚にまけましょう!」
「ありがとうございます!!」
側から見ればバカな恋人同士だとでも思われかねない状況にも関わらず、装備屋のおじさんはフンスカ鼻息を漏らしていた。
あえて理由を聞かないが、値引きもしてくれた。
レスティア様がこの期に及んでまだ買わないなど言い出しそうなので、俺は情熱で乗り切ってやったぜ。
「はい。銀貨8枚、間違いなく頂戴致しました。他にお求めの物はありませんか?」
「えっと、ブロンズ装備の一式を——」
「ちょっと待って」
「おっと、もうその服はレスティア様の物ですよ? お会計済ませちゃったので返品なんてできないですよねぇ? おじさん」
「あ、ああ勿論。一度買ってもらった物は返品不可にさせてもらっていましてねぇ」
「違う。私の装備はミライが選んだのだから、ミライの装備は私が選ぶのが一般的なんじゃないのかな?」
口には出せないから心の中で「魔王が一般的なんて語るのぉ?!」とツッコミを入れたのは置いといて、このレスティア様の表情、断ったら痛い目に合わされるのは目に見えている。
困っちゃうよなぁ、どうしようかなぁ。俺の性癖で選んだ服を着させちゃった訳じゃん? これ、やり返される可能性もあるよね?
特にほら、魔王まで上り詰めた人なんだ、首輪だけ買って他全部脱げとか言い出しかねないよ?
「あのぉ……防御力は高めで見繕ってくださいね?」
レスティア様は嬉しそうに店の中の装備を見て回っている。
てか、ここ防具屋なんだけど、
ワンピースとか首輪とかなんで売ってるの? と疑問に思うこともあるだろう。
だが、このおじさんを見れば一目瞭然。趣味全開の物までちゃんと用意してあるのだ。
防具屋だっていうのに蝋燭まであるんだぜ? すごいよな。
「よし。これに決めた」
「お、どれですか?」
適当に選んだか、あるいは最初から決めていたんじゃないかと疑う速さだった。
レスティア様は物掛けに掛けてある装備を一式俺に渡すと、目元だけはとてもにこやかに笑っていた。
「……あの、せめて他のがいいな——なんて」
「フフッ。貴方達の望みは叶えてあげたのに、私の選んだ物が着れない、なんて言いだすわけないもんねぇ?」
「はい勿論言いません。ではおじさん、こちらも買わせて頂きますね」
「はい。そちらは銀貨1枚でございます」
俺は先にお金を渡して会計を済ませてから、試着室で装備をさせてもらった。
「お待たせしました。どうでしょうか?」
「うんうん。ミライらしい格好になったよ」
試着室から出ると、小馬鹿にするような笑いを堪えられずにいるレスティア様がいた。
レスティア様が選んだ装備は、防御力高めとは言えない、どちらかと言えば低めの、ただの冒険者用防具だった。
派手な色を使っていない、暗めの服、初めて冒険に出るような奴が着る初心者セット。
ただの布で出来ていると思わせるその生地に、懐かしさすら感じた。
でも、ぶっちゃけ鎧って暑いし重いし関節曲げにくいしで嫌気がさしてたからこれでもいいかな。
それに、新しいスキルも手に入れたことだし、心機一転、一から始めるつもりで頑張って行きたいし。
「あら? 結構満足気な顔してない?」
「そりゃ、レスティア様が直々に選んでくれたんですからなんでも喜びますよ」
「な、都合の良いこと言いおってー」
俺たちは小太りな装備屋のおじさんに軽く礼をして、店を出た。
「そういえばレスティア様、買いたい物ってどこに売ってますか? まだまだお金あるんで、なんでも買ってあげますよっ」
「なに気前の良い事を言っておるのだ。無駄遣いはするのでないぞ? 肉を食う金が無くなったら大変じゃからな」
「そうでした。レスティア様は食費が一番掛かりそうですもんね」
「その言い草はちょいと失礼ではないか? まぁ、私が今欲しい物は女物のアイテムを扱ってあるところならどこにでもあると思うぞ。そういう店に連れてってくれ」
「ふむふむ。下着ですかバチャァッ」
「お主は色々欠けてしまっておるからな、私が教育してやろう」
「体罰はやめてください! すみません! 出過ぎた事を言ったのは悪いと思っておりますのでこれからは叩く前に口で叱ってください!」
俺は踏まれた足の甲を押さえて転がりながら謝った。
いくらなんでも、踵が上がっている、尖った部分で踏むのは宜しくないと思う。
足の甲だぜ? 俺て歩けなくなったらどうしてくれるんだ!
「安心せい。怪我しても暫く時間が経ってから治癒魔法をかけてやるからな」
「なんて鬼畜な……」
「ほら、早う案内せい」
「は、はいぃ……」
すぐに治癒魔法をかけずに焦らそうとするところは魔王の性なのだろうか。
俺は泣く泣く立ち上がり、女性専門店に足を進めた。