魔王、F級冒険者になる
「さあ、レスティア様。色々話してもらいますよ」
「むむむ。せっかくのご飯が冷めてしまうではないか……」
料理を目の前にお預けをくらう魔王なんて歴代を遡ってもレスティア様だけだろう。
「レスティア様言いましたよね? 自分は人族よりも弱いとかどーとか。それがこの街で一番強い人を倒しちゃうなんてどういうことですかね」
「なんだ、そのことか。それは彼奴が弱いだけだ。C級などとぬかしておったが、所詮そこで行き詰まるような奴はカウントしておらんよ……なぁ、もう食べて良いか?」
C級をカウントしない……?!
じゃあF級の俺はなんだ……?
こっちが頭を抱えているというのに、レスティア様はご飯のことしか考えていないし。
「だめです。あと少しで人を焼き殺すところだったんですよ? レスティア様はまた殺戮を繰り返すおつもりですか?」
「それは誤解だ! 少しだけ焦がしたら消そうとしたのに、お主が先に消してしまっただけだ!」
「ほんとですかぁ? そう言うなら信じますけど……」
「私は嘘を付かん! もう食べてもよいか?」
「ええいいですよ。俺の奢りだってことを忘れずにたんと食べてください」
「よし! ではいただきます」
「魔王でも いただきます っていうんですね」
手を合わせてちゃんといただきますを言う魔王なんて、まぁ他にはいないだろうな。
これも昔街に来た時に人族に教えてもらったんだろう。
ちなみに何を頼んだかと言うと、カウブルという動物のステーキだ。
本当はいつも俺が食べている卵を米にかけた食べ物を頼むつもりだったんだ。
なのにレスティア様は「肉が食べたい!」の一点張りで俺も従業員さんも戸惑うしかなかった。
そこに、さっき俺を心配してくれたポニーテールの若い女ギルド職員さんが
「先程のお詫びに本日の御食事代はギルドが持たせて頂くので好きな物をお頼みください」
と言いに来てくれたもんだから久々にお腹いっぱい好きなものなら食べられると言うわけなんだよな。
ん? 俺の奢りになってないって?
いやいや俺が殴られ蹴られたからこそのお詫びなんだから実質俺の奢りだよ。
でもおかしいのが、暴力振われるのは日常茶飯事で珍しくなかったし、ギルドの人に目撃されるのも今回が初めてじゃない。
なのに今回に限ってお詫びって、変な感じするよな。
もしかして、あのドラゴンバスターズを懲らしめてくれた御礼にもなっているのか……?
だとしたら俺じゃなくてレスティア様の功績になる……。
俺はその考えに行き着くと無性に悲しく、惨めな思いになった。
なので、小さい体のどこに消えていくのかわからない、今5皿目のステーキを食べているレスティア様に負けないくらい食べてやろうと、肉に齧り付いた。
——にしても、肉なんて何年振りに食べるんだろうか。
まだ実家にいた頃に食べたことがあるくらいで、冒険者として生きてからは一度も食べてなかったもんだから、この味に感動する。
カウブル、ありがとう。俺の血となり肉となってくれ。
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「うむ。美味しかったな。ご馳走様」
「も、もう入らない……」
「どうした、食べてすぐに横になるなんてだらしないぞ」
「レスティア様、いくら無料だからって食べすぎじゃないですか」
「そうか? お主が少食なだけだと思うがな」
レスティア様は澄ました顔で食後のお茶を飲んでいるが、ステーキ十五人前15皿も食べ終えた後なんだぜ。笑っちゃうね。
俺も食べれる時に食べないと損だと思って掻き込んだが、結局三人前の3皿しか食べきれなかった。
恐らく察しがついていると思うが、普通は一人前満足するものだろう。
一人前、二人前って、一人が満足する量、二人が満足する量って数えるものでしょ?
俺が少食とかそういうレベルじゃないんだってことに、レスティア様は気づいていない。
ほら、周りの冒険者やギルド職員が不思議そうな顔してるよ。
こういうところから魔族ってバレちゃうんじゃないのかって不安になっちゃうよ。
「……ほら、いつまで寝てるの、早く起き上がって」
「え、えぇ、まだ動けないよ」
先程まで魔王様モードだったレスティア様だが、周りから注目されていることに気づくと女の子モードに切り替えた口調になった。
正直めんどくさくないのか疑問なところだが、女の子モードの口調になるとギャップも加わって可愛いので触れないでおこう。
「いいから早く。こんなとこで休んでる暇なんてないんだから」
「はい」
レスティア様は横になって動けない俺を無理やり引っ張りあげて起こすと、何か言いたげな顔をしてギルド冒険者窓口の方へと歩いて行くので、膨れ上がったお腹を押さえながら着いていった。
「御食事ご馳走になりました。とても美味しかったとシェフにお伝えしといてください」
なんのために窓口なんか来たんだろうか、と思ったが、先程のギルド職員のお姉さんに挨拶したかったようだ。
にしても俺なんかよりも礼儀正しくね? 気のせい?
「いえいえこちらこそ」とギルド職員さんが言っているあたりやっぱりレスティア様が懲らしめたからこその無料だったんだな。
「それと、冒険者になりたいのですがどのような手続きをすればよろしいですか?」
俺が暴力を受けたことに対してはなにもないのか、と悲しくなっていると、レスティア様が衝撃発言をし始めた。
「れ、レスティア様? 冒険者になってどうするんですか? そんなことしたら目つけられやすくなったりしちゃいますよ?」
冒険者は基本的にダンジョンに入ったり、郊外に湧いた魔物を倒す仕事がメインになる。
当然、どこかで他の魔王の配下、手下と対峙する可能性だって上がってしまうのに、なんでわざわざ冒険者になろうとしているのだろうか。
「む? 理由なんて一つ。これからミライだけの稼ぎじゃろくなご飯が食べれなさそうだから」
レスティア様は呆れたような顔をして手を腰に当てると、ぐさりと核心を突く言葉を放った。
「そ、それは……でも、この辺の冒険者だったらほとんどの人がステーキ十五人前を一度に頼むほどの稼ぎはないんですよ?? せめてC級くらいはないと——」
「なら私がそのC級になればいいだけという話、だよね?」
「た、確かに」
「でしょ? って事で、登録お願いします!」
「わかりました。ではこちらの書類に必要事項を書いてまたお持ちください」
レスティア様は俺を論破すると、ギルド職員さんから登録用紙を貰っていた。
……あれ? てか論点違くね?
何納得してんだ俺!
紙を書くためにまた机のある食卓に戻っていくレスティア様を追いかけた。
「ちょ、待ってレスティア様! 確かに稼ぐことはできるかもしれません! ですが、冒険者として活動していたら他の奴らに見つかる可能性高くなっちゃいませんか?」
「その心配はしなくてもよかろう。私達がこれからすることと冒険者として活動することにそれほどの相違はない。それと、ついでに言っておくと冒険者登録には実名じゃないといけない、とこの紙に書かれているが、私が魔王として人族に知られている名は アグニス の方だけだから、レスティアだけ記入すれば問題ないと思うぞ」
「お、おお……。とてもよく考えていらっしゃるのですね……そうだ、これからの話も後で聞かせてくださいね」
椅子に腰を下ろして登録用紙の記入を始めるレスティア様は、前に垂れてくる髪を耳に掛けたりしながら俺と会話をしてくれる。
歴史を知らないから名前の認知度的なのはわからないが、俺がさっきから レスティア と言う名で呼びまくっても周りが反応しないところを見るに大丈夫なのであろう。
これからの予定はまだ詳しく聞いてないが、食に目が眩んだだけじゃなくてちゃんと考えあっての判断らしいから、これ以上は冒険者になることを止めなかった。
「よし、書けたぞ」
字を読むのに苦労しながらも、頑張って最後まで書き切るレスティア様を眺めていると、やり切った顔をして見せてくれた。
「お疲れ様です。じゃあ持っていきましょう」
俺はただただ無邪気なその表情を守りたい、そう思った。
「ではこちらが冒険者カードです。こちらに魔力を流し込んで頂ければ情報が書き込まれたり、更新されたりしますのでご活用ください。後のクエストの受注や納品、鑑定などの機能の使い方はそちらのミライ様からお聞きしながら実際に行ってみてください。では、ここに期待の新人冒険者が誕生した事を我がギルド一同で祝福致します」
「これが冒険者カード……というものなのね」
「レスティア様も俺と同じFランクですね!」
「すぐ差を広げてあげるから首を長くして待っていなさい」
「ひええごめんなさいい」
鋭い眼差しでそれを言われると、いくら口調が柔らかいからといっても怖いです。
一年もFランクやってる俺にそんなことしたら腰抜かしちゃうぞ?
「とりあえず、レスティア様、今後の話について話しませんか?」
窓口から少し離れて、見るからに嬉しそうにカードを眺めているレスティア様に聞いた。
「そうだな。では旅の準備でもしながら話をしよう」
「旅の準備……ですか?」
何を準備するんだろうか。
あの食べっぷりだし、もしかして食料の買い溜めか?
どうせ荷物持ちは俺だよな……。巨大バック持ち歩くなんて嫌だぞ。
「お主、もしやその格好でずっと居るつもりなのか?」
レスティア様がゴミでも見るような目で俺を見るので、自分の格好を見てみる。
「あ! そうだ! 新品だった装備がボロボロになったんだったぁぁぁ!!」
「お主は本当に馬鹿なのだな」
「そ、そんな蔑んだ目で見ないでくださいよ!」
「私も欲しい物があるから、よろしく頼むぞ」
「えっと、それは俺が会計を……って、当たり前ですよね。レスティア様は無一文ですもんね……。今の俺には殆ど貯金がないので良い物は買えませんよ」
「大した物ではないから大丈夫だと思うぞ」
魔王基準の大した物って、当てにならなさそうで怖いんだけど。
これで魔力ポーションとかだったらどうしよう。一番安い低級の物でも銅貨60枚くらいはするし……。
今の俺の手持ちは銀貨1枚——銅貨で言うと100枚分の金しか持ってない。
ギルドを出てからとりあえず装備屋の方に向かって歩いてはいるが、この手持ちで買えるのは丈夫な皮装備くらいか……。
ま、この恥ずかしい格好よりもマシか。
「あ、そういえばレスティア様ってどんなスキルが残ってるんですか?」
いつまでも無言で歩くのも悪いので、俺は考え事を辞めてレスティア様に気になっていることを聞いた。
「む? そうだな……スキルを確認する為のスキルも失ってしもうてるから詳しくはわからないが、身体強化の物が二つ三つあるくらいだな。D級未満のスキルは揃ってゴミだったから基本的に捨ててしまっておったから」
「捨てる?! スキルを?! なんて勿体ない! 魔族はスキル上限枠って無いんじゃなかったんですか? わざわざ捨てなくても……」
「上限はないぞ。だが負荷はかかるのだ。余りにも数が多すぎると身体を思うように動かせなくなることもあってな。下手な組み合わせで持っていると効果が相殺されたりもして、取捨選択は必要だったのだ……まぁ確かに今になって思えばもう少し残しておけば良かったと思っておる」
負荷がかかる……か。
魔族にも、俺たちとは違う悩みがあるんだな。
てか、身体強化のスキルが複数あるだけであのドラバスを倒せるのか。
スキルって、すげーな。
「……あ!!!」
「今度はどうしたのだ」
俺は大声を出し立ち止まると、レスティア様は呆れ顔で振り返った。
「とんでもないことを忘れていました」
「とんでもないこと?」
「はい。ギルドで魔石の換算してもらうの忘れてました……」
「ほんと、お主は……」
俺たちは歩いてきた道を再び歩いて戻った。