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ドラゴンバスターズ

「おお。以前来た時よりも栄えておるのう」


 ここ【ミグルの街】には多くの冒険者がいる。この付近のダンジョンは比較的レベルが低くても攻略できるところが多いからだ。そのお陰もあって、とても活気ある街となっている。


「冒険者になろうとする人がまず一番最初にくる街ですからね。人の流れが盛んな分、沢山物も動いて栄えていくんだと思います」

「そんなことより先に飯を食べるぞ。私は腹が減って倒れそうだ」

「あ、はい。じゃあギルド行きましょう。冒険者には安くしてくれるんですよ」


 俺の解説を聞く耳は付いてないのか。

 どう考えてもレスティア様が金を持っているとは思えないし、装備を買ったことで俺自身もあまり持ち合わせがないから二人分となるとギルドでしか食べられないだろう。


 俺たちはそのまま足を止めずにギルドのある方へと向かった。





「なあミライ、お主はなぜ冒険者となった?」


 右隣を歩くレスティア様は、俺の顔をチラリと見るとそう訊いてきた。深い意味は無いのだろうが、少し言葉が詰まる質問だ。


「そうですね、自立したかったからでしょうかね。実家にいるとなんだかんだ親が面倒見てくるから、家を出ようと思ったのがキッカケです」

「そうか」


 実際は、親に「勉強しろ」だの「家の手伝いしろ」だの、そういった事を言われるのが嫌だった。俺は冒険者になるのが夢だったのに、それすらも否定された。だから俺は家を出ることにしたのだ。


 レスティア様は一言返事をするだけで、それ以上聞いてこなかった。


 街の人々の騒めきが耳に入る。

 俺たちのように今帰ってきた冒険者、店を畳み始める商人、買い物をしている町人。様々な人によってこの街は成り立っているんだな。


 冒険に出て必死に稼いだ金は食費と宿代でほとんど無くなるし、大きな怪我をした時はポーションを使うこともある。日々をギリギリ生きていた俺には到底他の人なんて気にする余裕なんてなかったのに、今は当たり前のように見て聞くことができていた。


「レスティア様、ありがとうございます」

「な、なにを急に!」


 スキルを貰っていなかったらこれほど心に余裕が生まれることなんてなかったと思う。生きるのに必死で、いつかは冒険者を辞めてしまっていたかもしれない。

 そう思うと自然にお礼の言葉が出た。


 レスティア様は突然の発言に不意を突かれた様子で、頬を赤らめてこちらを見てくる。


 俺はレスティア様についてわかったことが一つある。それは、恥ずかしがると口調が変わるということだ。表情だけでもわかりやすいのに、口調まで変わるから感情がすぐに読み取れるから、こちらとしても話しやすい。


「まあまあ落ち着いてください。ギルドに着きましたよ」

「お、此処か! 早う飯食べるぞ!」


 飾り等は何もなく、素朴な木造の建物の前で止まり、ここがギルドだと伝える。


 レスティア様はそちらをパッと向くと、すぐにスイングドアを豪快に開いて入っていった。


「あ、そんな音立てて開けちゃダメです……ってもう遅いか」


 この後待ち受けている事を想像すると胃が痛くなる。

 レスティア様を追って俺も中へと入った。





「おいおい、此処はお嬢ちゃんが来るような場所じゃねーぞ?」

「扉を開ける時は静かに開けろや」

「女だからって俺たちが容赦すると思うか? あぁん?」


 早々にギルドの荒くれ者に捕まっていた。

 こいつらは『ドラゴンバスターズ』というパーティを組んでいる三人だ。

 パーティランクがCもあり、この辺りの冒険者としてはトップレベルに強い。


 そのパーティメンバーの一人であるダッグスがレスティア様の腕を掴む。


「……やめて。穢らわしい手で私に触れないで」


 そう言うと、掴まれた手を振り解いた。

 自分より二回りほど大きい男に物怖(ものお)じしていないのにも驚くが、それ以上に、本当に口調を変えて話すことに驚いた。


「チッ、てめぇ!」

「あーあー! すみません! 勘弁してやってください。この子今日初めてこの街に来たんですよ」

「ミライ……」


 振り解かれたことに更に腹を立てたダッグスは、腕を振りかぶり殴ろうとしていたので俺が割って入る。

 三人に囲まれていたレスティア様を引っ張り出すと、今のタイミングで来ると思ってなかったのか俺を見て驚いている表情を浮かべていた。

 そのままレスティア様を自分の後ろへと回し、三人から守るように立つ。


「お? ミライじゃねーか。女連れてくるとは良い身分になったもんだねぇ?」


 もう一人のメンバー、バニアンが俺の肩に腕を回しながら煽り掛けてきた。


「いえいえ、そこで知り合っただけでそういう関係じゃ……ぅぐっ」

「うるせえ雑魚が何一丁前に話してやがんだ」


 腹パンを入れられた。

 こいつらはそういう奴だ。大きい顔をするためにいつまでも新人や弱い奴が多いこのギルドに居座って、気に入らない奴には暴力を振るう。


「なーにカッコつけてんだよF男君よぉ」


 (うずくま)ると、今度はダッグスに蹴られる。

 F男と言うのは、一年経ってもFランクのままで成長しない俺への皮肉だ。


「や、やめてください! 痛いです! すみません! ごめんなさい!」


 亀のように丸まり急所に食らわないようにしながら謝るしかない。

 何度も繰り返すうちに熟練度の上がった亀甲で耐えていると、そばにいるレスティア様が口を開いた。


「分を弁えろ。それ以上ミライに危害を加えるのならば敵とみなすぞ」


 その発言に、『ドラゴンバスターズ』リーダーのライアンが俺を踏みつけながら答える。


「おい、分を弁えるのはどっちだ。此処では俺らが、俺が一番強いんだ。だから俺が一番偉い。俺の言うことは絶対なんだよ」


 いつ蹴りが来るかわからないので、手で頭を守りながら顔を上げレスティア様を見ると、怒っているわけでも、慌てているわけでもなくただ冷静にライアンを見ていた。


「はぁ。いつの時代もバカな人間はいるんだな。相手になってやる。表に出ろ」

「お前みたいな子供が、俺らを相手に? 頭大丈夫かぁ?」


 顔色一つ変えずに話すレスティア様を三人は嘲笑う。


 こ、怖い。

 勿論この三人ではなく、レスティア様がだ。無表情なのが一層ミステリアスさを感じさせている。


 いくら力を失ったからって、人を殺すくらいのことは成し遂げそうだ。

 だって、魔王ぞ?


「あ、あの、レスティア様……殺したら、だめですよ」


 背中を踏まれていて声を発しにくい。

 しかし、この辺りのにいる人には聞こえる声量は出すことができた。


「殺す? いいぜ? 殺せるもんなら殺してみろよ」


 ライアスは俺の発言を挑発と捉えたようで、受けて立つとばかりに煽ると、レスティア様に着いていく形で表へと出ていった。


「あ、あの……大丈夫ですか?」


 残された俺が「いてて」と殴られたり蹴られたりした所を押さえていると、ギルドの職員が駆け寄ってきた。


「わかりません。少し危ないかもしれないです」

「大変申し訳ございません。私たち職員が力不足なものであのような輩を野放しに……」

「あ、いえ、危ないのはあの三人がですよ?」

「え?」


 きょとん顔を浮かべる女性職員に、少女の方が強い可能性があることを伝えると、更に困惑してしまった。


「あの、すみません。そのようには見えなかったのですが……」

「ギルドに勤めてるのに見た目で判断するのはどうかと思いますよ。大きければ強いとか、小さいから弱いとか、そういうのは関係ないってお姉さんならわかってますよね?」

「い、いえ、そのようなことは……」


 俺は立ち上がり、女性職員には目も向けずにスイングドアから表へと出ると、幸いまだ戦闘は行っておらず、何かを話していた。


「どうした? お主ら三人でかかって来いと言ってるんだ。さあ早く来なよ」


「こんな小娘一人、俺だけでも十分だぜ。いいだろ? アニキ」

「好きにしろ」


 汚らしく舌舐めずりするダッグスは、腕組みして立っているライアンに自分一人でやると言うと、腰に携えている湾曲した刀剣——シミターを抜き一歩前へと出た。


「はぁ。どの道皆此処で沈むのだから纏めてかかってきて欲しいのだけれど……仕方ない、お前から屠ってやるよ」


 レスティア様はため息を吐くと、特に構えるわけでもなくダッグスの方を見る。


「軽く(なぶ)った後に街中を引きずり回してやるよ!」


 ダッグスはそう言うと、地面を強く蹴りレスティア様との距離を一気に詰めた。

 瞬く間に刀剣の間合いへと入る。


「ヒャッハァ!」


 不気味な声を発しながら振われる刀剣は、真っ直ぐレスティア様の首を刎ね飛ばそうとする。


 ダンッ!


 鈍い、打撃音が鳴り響く。


「うぐっ……」

「遅すぎる。まだ蝿の方が速いぞ」


 刃が首に触れると思われた瞬間——地面が少し揺れるほどの音を立たせながらダッグスが地面に倒れ込んだ。

 否、叩き落とされたと言った方が適切だろう。

 その衝撃によって砂埃が舞う。


 この騒ぎで野次馬が一層集まってきた。

 口々に「あの女の子がドラバスの一人を一瞬で倒したぞ!」「なんなんだあの子!」「いいぞー! もっとやれー!」

 と言うので、見せ物をしているような空気になっている。


「さあ、残った二人は同時に来ると良い。暇潰しにもならんぞ」


 横たわるダッグスを一蹴りでライアス達の元へと飛ばすと、ライアンたちを挑発した。

 もう意識がないのか、ダッグスはピクリとも動かなくなっている。


「あ、アニキ、ど、どうしますかい?」

「面白え。俺一人で殺る」


 ライアンは先程まで浮かべていた薄笑いを止め、相手を正確に見極めるように真剣な眼差しでレスティア様を捉えている。


「確かに見た目に比べて随分強いようだな。少し本気を出してやる」

「ほう?」


 ライアンはそう言うと、何かの魔法を詠唱し始めた。

 本来の決闘、対戦などだったら完了させる前に叩くか、此方も対抗魔法を詠唱し始めるかのどちらかが定石だ。

 しかし、レスティア様はそれをしなかった。ライアンが詠唱を終えるまで興味深そうに眺めているだけだ。


「汝の元へと返り咲かん! ”レインフォース”!」


 詠唱を終えると、ライアンの身体が赤い光に包まれ始めた。

 レインフォースという魔法は、対象者の身体能力を倍化させる中級魔法だ。



「ふはははは。残念だったな。今唱えてる間に攻撃してこればまだチャンスはあったかもしれないと言うのに、みすみすとそのチャンスを逃すとはなぁ」


 恐らく、ライアンは瞬時にレスティア様の性格を読み取り、詠唱の邪魔をしてこないと分かった上で強化魔法を使ったに違いない。レスティア様も勿論それに気付いていながら自由にさせていただろう。


「れ、レスティア様! 流石に無茶です! 今の貴女じゃ勝てないですよ!」


 言葉通り踏んだり蹴ったりされた俺は、息をするだけでも痛む肺に目一杯空気を送ると、出来る限り大きな声で叫んだ。


「ミライ、大丈夫。落ち着いて待っておれ。すぐ終わる」


 レスティア様は外野からの声に反応すると、見た目相応のニコッとした笑顔を浮かべて返事をくれた。


「お別れの言葉は終わったか? じゃあ、いくぞ!」

「ああいつでも——」


 ライアンは右手を顔の前辺り、左手を胸の高さで少し突き出した構えをすると、その場から消えた——そう錯覚するほどの速度で土を蹴った。

 その速さに、先程快進撃を見せたレスティア様ですら反応が遅れていた。


 ブンッ!


 風すらも遅れて吹いてくる。

 ライアンは自分の間合いに入ると、左拳をレスティア様の顔面へと突き出した。

 レスティア様は咄嗟に顔を腕で守ったが、体制が崩れたせいで後ろは大きく吹き飛ばされる。


「やべえ! あれがライアンの本気のジャブかよ! 見えなかったぜ!」



 外野が沸き立つ。どうやらジャブという攻撃らしい。攻撃する前とした後の形がほとんど変わっていないので、見るものによっては動いていないように見えるだろう。


「……なかなか……中々に良いものを持っておるな。これは血が騒ぐ」


 吹き飛ばされたものの倒れることはなかったレスティア様は腕を下げると今までに見たことのない笑いを浮かべていた。

 幼気な少女とはかけ離れた、妙に落ち着いた表情だ。

 見るものを魅了しそうな翠眼を煌びやかに輝かせている。


「っははは! お前、何者だ? ガキに俺の攻撃が受けられる訳がないだろうが!」


 ライアンは膝をつかなかったレスティア様に苛立ち、または驚きのような声でそう言った。


「私はちょっと強いだけで、ただの()()()さ。貴方の攻撃が弱いだけだと思いますが?」


 魔王と口走るんじゃないかと不安だったが、杞憂だった。

 平然と嘘を吐いた挙句に煽り始めた。


「まあいい。すぐに吐かせてやる」

「同じ手を食らうとでも!」


 ライアンは再び空いた距離を詰めると、同じように左拳を突き出そうとする。

 それに今度は遅れずに反応したレスティア様は、突き出される拳を身体の捻りと左腕を使って受け流そうとした。


「そう来るだろうと思ったぜ!」

「なにっ?!」


 ライアンはそれを狙っていたかのように出しかけた左拳を引き戻し、右拳を握りしめると腰の回転も使い最短距離でレスティア様の左脇腹へと打ち込んだ。


 ドスッ!


 鈍い音が響く。綺麗に貰ってしまったようだ。



「んぁ…あぁああぁぁあああああああ!」


 普通ならば蹲ってしまうであろう攻撃だった。

 だがしかしレスティア様は少し浮きはしたものの、雄叫びをあげ、気合で持ち堪えてしまう。


「ふ、ふざけるな! 俺の必殺ブローを耐えるだと……!?」


「……燃え盛れ! ”ファイアボール”!」


「な、な、なん——」


 ボォン!


 仕留めたと油断したライアンは、目の前の少女が動けるとは思っておらず自分の顔へと向けられた掌を、それも急速に出てきた火球に反応なんて出来る訳もなく直撃した。


 枯れ草に火をつけたかのように勢いよく燃え盛っているライアンの頭。


「あ、うがぁぅぇ、あぁ!!!!」


 無論、頭が燃えて無事なわけも無く、もがき苦しんでいる。

 レスティア様は後退りする。

 殆ど詠唱のないその魔法に、俺含めこれを見ていた野次馬全員が言葉を失っていた。


「——って、やばいじゃん! 早く消さないと!」


 俺は咄嗟にライアンのパーティメンバーの一人であるバニアンに目を向けると、ビビり散らかした挙句に腰を抜かしたのか、座り込んだままガクブルと震えて仲間を助けようともしていないことに気づいた。


 こいつらは今まで散々この街の人たちに嫌がらせをしてきたんだ。この状況下で助ける者なんていないだろう。


 俺も例外ではない。ついさっき暴力を振るわれたばかりだしな。だけど、ここでこいつを助けなかったら、レスティア様が人殺しとなってしまう。

 魔王を復活させて街に連れてきたことで人が死ぬ——そんなこと、許される訳がない。


 それに、嘘か真かは定かではないが、レスティア様は人族と平和に暮らそうと望んでいたと言っていた。人殺しなんてしてしまってはそんな世の中絶対に作れる訳がない。


「偉大なる水の女神アルシノンの名において水洗の如く降り注げ、”ウォータージェット”!」


 俺は、空に向かって魔法を打った。直接打ったら貫通する勢いだからな。


 数秒後、どしゃぶりの雨のようにあたり一体に水が降り注がれる。


 その甲斐あってか、火の威力も弱まってきている。

 それを見たバニアンがようやく動き、自分の服を脱ぐとそれで鎮火に当たった。


「レスティア様!」


 俺は急いで駆け寄ったが、青白い光がレスティア様を包んでいた。

 どうやら治癒魔法を自分に使ったようだ。


「ほら、大丈夫だって言ったでしょ?」


 先ほどまでいつ倒れてもおかしくない状態だったのに、圧勝だったと言いたげな表情を浮かべている。

 戦闘中とは打って変わって可愛い子ぶってるのも色々思うところはあるけど……。


「大丈夫……って、結構ギリギリに見えましたけど! そもそも強化魔法使われること分かっていてなんで何もしなかったんですか!」

「まあまあ、それよりも早くご飯食べようぞ」


 レスティア様は再びスイングドアをバンッと開けて入っていくので、俺も後に続いて入る。


 野次馬達は英雄を讃えるかのようにそれぞれが活気だった様子で俺たちを見届けた。


次の更新日は9月1日(水)です。


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