6 レイパナラ村 其の二
「さあ、魔王様、ここがレイパナラ村です。」
魔王教本部を出発した僕達は、セタレイトニア王国辺境の村、レイパナラ村という所に到着した。と言っても、ウル君の移動魔法で一瞬だった。
実際に体験してみると、とても便利だ。
僕も広範囲の移動はできるのか分からないが、できれば、ウル君みたいに使えるようになりたいものだ。
ここは、村の端の方みたいだが、村の様子を見るに、元の世界の数百年くらい前の文明レベルなのだろうか。建物などから欧州に近いものを感じる。
「初めてこの世界の村を見たけど、のどかでいい所だね。でも、何か凄く賑やかな感じだけど、この世界の村はいつもこんな感じなのかな?」
と僕がウル君に尋ねると、
「いえ、今日は収穫祭の日でしょう。普段はここまで賑やかではありません。」
とウル君が答えたので、僕が再び、
「収穫祭?何をする日なの?」
と尋ねると、
「農作物の収穫を祝い、豊作を祈願する祭りの日であるのと同時に、領主へ農作物の一部を納めるという日でもありますね。」
という答えが返ってきた。
へえー、この世界にもそういう年貢制度みたいなのがあるんだな。
そう思っていると、「では、村を回ってみましょうか。」とウル君に言われたので、僕たちは村の中を歩き始めた。
暫く歩いていると、確かに祭りらしい賑やかな雰囲気ではあるのだが、所々に浮かない顔をした村人がいるのが目についた。
「なんか祭りの割に、妙に浮かない顔した人がちらほらいるんだけど、なんでなんだろう?何か、知ってる?」
僕がそうウル君に向かって言うと、
「そうですねえ、この辺りは最近水不足に悩まされていたようですから、大方、今回の農作物の収穫が思うようにいかなかったのではないでしょうか。」
「なるほど、それで祭りどころじゃない人もいるって感じか…」
と僕が呟くように答えていると、酒場のような所で大きな声を出している男が目に入った。
「んだよ!俺が悪いのかよ!俺は、お前らのために領主様に直談判までしてきたんだろうが!なのに、その言い方はなんなんだよ!」
「別にお前が悪いなんて言ってねえよ!ただ、もうちょっと言い方とか、兎に角、上手いやり方があったんじゃねえかってことだ。」
「それは俺が悪いって言ってんのと同じなんだよ!バカ野郎!お前なんかもう顔も見たくねえよ!帰れ帰れ!」
「わーったよ!帰るよ!そこでいつまでもしょげ返ってろ!この飲んだくれが!」
大声の男とその連れだろうか、二人で喧嘩しているようだ。
連れの男は酒場から出て行ってしまった。
一人残された大声の男は、その後テーブルに突っ伏して何かうーうー言っている。
もしかして泣いているのか?
僕達以外にも二人の喧嘩を見ている人は何人もいたのだが、大声の男が泣き出した辺りでは、もうその男に注目する人は誰もいなくなっていた。
ところが、それを見ていたウル君は何を思ったのか、その男に近づいていき、声を掛けたのだ。
僕は一瞬驚いたのだが、とりあえず僕達もその男の方へ向かった。
「どうされたのですか?」
ウル君が男に聞いている。
「もしよろしければ、話をお聞かせ願えますか。もしかしたら、何かお力になれることがあるかも知れません。」
すると、男は、
「おちからあ?何だお前ら誰だよ!そんなもんあるかよ!」
とウル君に向かって威勢よく言っている。
「まあ、とりあえずお話だけでも。ああ、そうだ、あちらの奥のテーブルへ移動しましょう。お話していただけるなら、こちらのお代は私達が持ちますよ。」
ウル君が奥のテーブルを指しながらそう言うと男は、
「ああ?そう?まあ、奢ってくれるってんなら、別に話すくらい構わねえけどよ、んじゃ、行こうか。」
って、そんなに簡単にOKなのかよ!悪徳勧誘みたいな手口よ、これ!
そう内心つっこんでいると、二人とも移動を始めたので、僕とエル君は顔を見合わせた後、黙って二人について行った。
(ウル君は、いったい何を考えているんだろう?ウル君のことだから、何か考えがあってのことだとは思うが。ってか、男の方は完全に酔っ払って正常な判断できてないんじゃないの?)
男と対面して席に着きながら、僕はそんなことを考えていた。
僕達が席に着くと、ウル君は男の分の酒を頼み、男と話し始めた。
「まずは、お名前を聞いてもよろしいですか。私は、ウルデスタと申します。」
「名前?俺は、ハズセルだ。ハズセル・ホタター。あんたら、この村の者じゃねえだろ?冒険者か?それとも何かの商売人か?先に言っとくが、俺は上手い商売の話なんかされても乗る気はねえし、何か売りつけようとしても、そんな金ねえぞ。」
ただの酔っ払いなのかと思ったら、意外と冷静な奴だ。
それに、本当に金は持ってなさそうだな。
「いえ、我々は、冒険者でも商売人でもありませんが、あなたが先程の口論で仰っていたことに少し興味がありまして、いろいろと話をお聞きしたいのです。」
「俺の話に興味?そりゃあ結構なこった!」
やっぱり、既に相当酔ってるな、この男。
「先程の男性は帰られたようですが、良かったのですか?」
「知るかよ!あの野郎、自分がけしかけたようなもんなのに、まるで俺が悪いみたいに言いやがって。絶交だ!絶交!」
絶交って、小学生かよ…
「差し支えなければ、口論の理由をお聞きしても?」
「ここんとこ水不足で収穫量が減ったんで、この間、領主様に納める量を減らしてもらえるよう直談判しようかなってあいつに相談したんだよ。
そしたら、あいつも、やってくれよ!みたいに言いやがるからよ。
行ったんだよ!直談判に!
ただ、まあ、結果的には上手くいかなかった。
そしたら、それをあいつはお前の言い方が悪いだの、どうせ直前でビビっちまったんだろだの言いやがってよお!」
ここまで話すと、後は聞いてもいないのにハズセルは話続けた。
「だいたいよお、皆苦しい苦しい言ってるくせに誰も何も言わねえから、俺が一念発起してよお、皆のためにも態々直談判に行ったんだぜ。」
「それを、ちょっと成果がなかったからって、文句言うこたあねえよな?」
「領主様にしてもよお、もうちょっとちゃんと話を聞くとかさあ、俺達のこともうちょっとちゃんと考えて欲しいんだよなあ…」
「村を守るためかなんか知らねえけどよお、納める量が多すぎなんだよ…」
「こんなんじゃ俺達生活できねえよなあ…」
「それに、あんな…
ここでハズセルは言い淀んで、そのまま黙ってしまった。
それにしても、連れの男についての文句を言うときは威勢がいいのに、領主の文句はえらい小声で話すんだな。人間性出てるぞ、ハズセル。
「では、村の方々は皆ハズセルさんと同じように農作物を納めすぎだと考えている訳ですね?それに、領主のことも良く思っていないと。」
ウル君がこう尋ねると、ハズセルは、
「別に全員に聞いた訳じゃねえが、十中八九そうだろうよ。」
と答えたのを聞いて、ウル君は再びこう尋ねた。
「では、我々がその納める量をゼロにしてあげますと言ったら、あなたは我々に協力してくれますか?もちろん、あなた方から何か頂くこともありません。」
「ゼロ?俺達からは何も貰わない?ふっ、ハハハハハっ!そりゃ傑作だ!いいぜ!何しようってのか知らねえけどよお、できるってんなら、是非やってみてくれよ!俺は喜んで協力してやる!きっと、村の皆だってそうだぜ。」
それを聞くとウル君は、
「じゃあ、早速参りましょうか。まずは、領主の所へ。」
そう言って、立ち上がった。それを見たハズセルは慌てて、
「は?待て!そんなことしてお前らに何の得がある?考え直せ!下手したら殺されるかも知れねえぞ!
そ、それに、協力するとは言ったが、領主邸には行かねえ!どうしてもってんなら、前言撤回だ。兎に角俺は、領主邸には行かねえ。」
急に日和り出したな。さっきまでの勢いはどうした、ハズセル。
しかし、それを聞いてもウル君はこともなげに、ハズセルに言った。
「では、それで構いません。あなたは我々が今からすることを遠くからでも見ているだけで良いのです。」
「事なく済んだら、またあなたには協力していただきたいことがあるので、その時にお話しします。」
「そうですねえ、村の中心部に広場がありましたね、あそこでお待ちください。」
「それでは、我々は領主邸に向かいますので、後ほど。」
ウル君はこう言い終えると、スタスタと酒場を出て行く。
僕達もウル君に付いて行く。
ハズセルはポカーンとしていた。
酒場を出たところで、僕はさすがに堪えかねて聞いてみた。
「ウル君、一体どうするつもり?話を聞くだけなのかと思ったら、あんな約束までしてしまって。何か妙案でも?」
すると、ウル君は僕の方に向き直って、ローブを右手で抑えながらお辞儀し、
「魔王様、僭越ながら今回は私の方で、話を進めさせていただきました。」
「妙案などございません。ただ単純にこの村の領主は本日より魔王様になるというだけのことです。」
「先程の男には、魔王様の代理で村の管理を務めさせようと思っております。」
と至極当然のように答えたと思ったら、また領主邸に向けて歩き出した。
え?どゆこと?
『今日から僕は』領主?
いやいやいや、今日来て今日領主って。
無理でしょ?
現領主はどうすんのさ?
村の人達ハズセル以外誰も知らないよ?
こんなことをぐるぐると考えていたが、
やはり腑に落ちないので、
(よし、もう一回聞こう。)
とウル君に話しかけようとしたら、
「あの…
「見えてきました!あれが領主邸ですね。」
え?
「では、ここからは私の移動魔法で。」ヒュン!
「着きました。領主邸です。それでは、魔王様どうぞ。」
あ、えー、それでは一曲歌わせていただきます、米津〇師で『Lem〇n』…ってコラ!
コミュ障なのにこんなとこで歌える訳ないでしょ!
ってダメだ…そういうことじゃない…頭が整理しきれてない状況でウル君の『それでは、魔王様どうぞ』が来たもんだから、つい一人ノリツッコミをしてしまった。
こんなことをしている場合ではない。
しかし、もう…これは…
左右を見ると、ウル君もエル君も期待を込めた目で僕をじっと見ている。
分かったよ!分かったから、そんなに見ないで!
ええい!ままよ!ウル君、エル君、骨は拾ってくれよ!
そして、僕は領主邸の門を叩いた。