5 レイパナラ村 其の一
今回は、魔王一行お休みです。
セタレイトニア王国辺境の村、レイパナラ村のある畑で男が農作業に勤しんでいた。
「今回は、実りが悪いな。これじゃあ領主様に納めるのも厳しいぞ。」
ここレイパナラ村は、農業が主産業だが、最近の水不足により、作物が思ったように育っていなかった。
「このままじゃ俺達が生活するのにも困っちまうな。気は乗らないが、一度領主様に直談判してみるか。」
レイパナラ村の村人は領主に収穫した農作物を一定量納めなければならない。
そして、領主はその代わりに村の住人の安全を保障している。
セタレイトニア王国の辺境であるこの村には、国の軍等からの保障は及ばない。
自治が認められ、納税等の義務が免除されている引き換えとして、リスクも負わなければならないという訳だ。
しかも、辺境であるが故に、未開地からの魔力を持った獣、つまり魔獣の侵入を許し易いという傾向にある。
ただの獣ならともかく、魔獣に襲われれば普通の人間など一溜まりもない。
そうした危険から領主は村人を守っているため、領主に強気に出る村人などここにはいなかった。
しかし、領主はそれをいいことに村人に対して過重な負担を強いていた。
だから、不満等を直接ぶつけるようなことはないものの、領主をよく思っていない村人がほとんどだ。
そんな中、件の男は、このところの不作による危機感により、妙な正義感に駆られていた。
そして、領主への直談判へと思い至ったのである。
その晩、酒場でこの話を友人にしたところ、
「そうだぜ、いっちょ言ってやってくれよ!俺たちの分までしっかり頼んだぞ!」
なんて言われたものだから、男の方も、
「ああ、今度ばかりは言わせてもらう。妻と娘のために!そして、他の皆のためにもな!」
そう息巻いて、つい恰好付けて言ってしまった。
翌日、男は昨晩の勢いのままに領主のもとへ向かったのだが、領主邸が見えてくると、次第に熱も冷めてきて、着く頃には、すっかり最初の勢いは無くなってしまっていた。
しかし、(このまま引き返して帰る訳にもいくまい、何らかの成果を持って帰らないと恰好が付かない。それに、意外と話せば分かってくれるかも知れない。)
といつの間にか期待と不安が入り混じったような、希望的観測のような感情になっていた。
トントントン
「失礼します!領主様はいらっしゃいますでしょうか!」
男が領主邸の門を叩き、こう叫ぶと、
「あ?何の用だ?」
人相が悪くセンスもない派手な格好をした男が出てきて、こう言ってきた。
「あ、あの、領主様に直接お話ししたいことがありまして、通していただけないでしょうか。」
男がこう答えると、
「ちっ、めんどくせーな、ちょっと、そこで待ってろ。」
と言い残し、領主邸の中に入っていった。
(なんだか嫌な感じの男だったな。突然だし、やはり話すことも難しいかもしれない。)
この時は、先程までの希望的観測すら無くなりかけていた。
しかし、人相の悪い男が戻ってきて言い放った言葉は意外にも、
「おい、会ってくれるとよ。俺について来い。感謝しとけ、マヌケ。」
だった。
(言い方が気になるが、領主様は話を聞いてくれるみたいだ。
領主様は、話の分かる人なのかも知れない。)
男は、また少し、希望的観測が膨らんでいた。
人相の悪い男について行くと、綺麗な客間へ通された。
部屋の中で立っていると、暫くして、領主と、もう一人いかつい顔の大きな男が入ってきた。
「あ、領主様、今日は俺の話を聞いてくださるということで、ありがとうございます。」
男が、慌てたように言うと、
「まあ、そこに座りなさい。」
と、領主が目の前の椅子を指しながらそう言った。
領主が椅子に座ったタイミングで男も指された椅子に座った。
人相の悪い男といかつい大男は領主の後ろで立ったままだ。
二人が座ったタイミングで、領主が口を開いた。
「それで、話というのはなにかね?」
男は、領主の機嫌を損ねないようにと注意しつつ、話始めた。
「あの、領主様もご存知かと思いますが、ここのところ水不足が続いてまして、それであの、農作物もあまり穫れていないような状況で…」
「ですので、次の収穫祭で前と同じように納めるのは難しいというか…」
「いや、あの、できないという訳ではないのですが、そうすると、俺達の生活が困るというか…妻や娘もいますので…」
「できれば、今度だけでも納める量を減らしてもらえないかと…それに、これは俺だけじゃなくて、村の他の皆もそう思ってると思うんですよ。」
男が話している間、領主は腕を組み俯き加減で、頷きながら聞いていた。
男が粗方言い終えると、領主はこう話し出した。
「言いたいことは大体分かった。確かに、水不足で不作であることは承知している。」
「しかし、私も君達村の住人の安全を守るという仕事があって、それは無料でできるものではない。」
「今不作だから、はいそうですかと言って、納める量を簡単に減らしてやるということは、できないのだよ。村の住人皆の分なんて言い出したらなおさらだ。」
男が俯いて、「はあ…」と言いながら聞いているのを見て、領主はこんなことを言い出した。
「だが、そうだな、条件次第では、君のところだけは減らしてやらんこともない。」
こう言われた男は、先程までとは打って変わって、希望に満ちた目をしながら、少し前のめり気味に領主に尋ねた。
「その条件とは、何なんでしょうか?」
領主は、ふむといった感じで椅子に深く座り直し、今度は男の方をはっきり見ながら、
「君は妻がおると言っておったな。まあ、毎日とは言わん。週に1度でも領主邸に来るように言いなさい。娘の方でもいいがな。なんなら、両方でも構わんぞ!」
「私の言っている意味、分かるよな?」
「そうすれば、君のところだけは、納める量を減らしてやろうじゃないか!」
「君達家族の対応次第では、免除にすることも考えてやってもいいぞ!」
と、こうのたまった。気色の悪い笑みを浮かべながら男を見ている。
後ろの大男達もニヤニヤしながら、男を見ていた。
それを聞いた男は、目の輝きも失せ、表情もないまま呟くように、
「はは…、今日は無理なお願いをしてしまってすみませんでした。収穫祭の時は、何とかします。ですので、この話はなかったことにしてください。態々話を聞いてくださってありがとうございました。」
そう言うと、立ち上がり、部屋を出ようとした。
男が部屋の扉に手をかけようとしたその時、領主は正面を向いたまま、冷たく低い声でこう言った。
「いいか。このことは誰にも言うんじゃないぞ。分かってるな?」
男は消え入りそうな声で「はい」と答えると、扉を開け、とぼとぼと領主邸を後にした。