第8話 【閑話】ニックへざまぁをするまで①
◇◇
ピートを囮にしたことで第53層のモンスターハウスからの脱出に成功した僕――ニックと、トラビス、イライザの一行は第52層をさまよっていた。
これまでピートが全て請負ってくれていた雑用を、自分たちでこなさねばならなくなったせいか、わずか1層を抜けるのにも3日以上かかっていた。
「ちっ! いい加減にしろよ!! この道を通ったのは2度目じゃねえか!! リーダーのくせしてまともに先導もできねえのか!」
いらだちを隠せないトラビス。
だが精神的にまいっていたのは彼だけではない。
イライザもまた同じだった。
「いちいちうるさいわね! あんただって索敵すらできないじゃない! 重い荷物をレディに持たせるし」
「なんだとぉ!? てめえは人に文句言う暇あったら料理の一つでも覚えやがれ! まずいもん食わせやがって!」
「なによ!」
「なんだぁ!?」
「やめないか、二人とも!」
いがみ合う二人の間に僕が入り、どうにかなだめる。
「さすがはニック。どんな状況でも冷静なのね」
イライザは感心してくれたが、僕もまた精神的にも肉体的にも限界を感じていた。
だがここで負けるわけにはいかない。
「とにかく先を行こう。ギルドに戻れば僕たちは英雄なんだから!」
史上最年少でのSランク昇格――この名誉だけが、僕たち3人にとって唯一の心の支えとなっていたのだ。
「……ったくよぉ。Sランクになる魔術師だったら【ダンジョンエスケープ】くらい覚えておけってんだ。どいつもこいつも役立たずばかりで、ほんとイラつかせるぜ」
トラビスがぶつくさ言いながら先を行く。
ダンジョンエスケープとは一瞬でダンジョンから脱出できる魔法のことだ。
特に深い階層を探索せねばならないSランクのパーティーには必須の魔法と言えよう。
レベルの高い魔術師なら身につけていてもおかしくはないのだが……。
ちらりとイライザの顔を覗く。
「ふん。何よ。私だってね……」
ん……?
何か言いたげだけど、それ以上は何も言いたくないのか、唇を固く結んでいる。
どういうことだ?
しかしそれを問う暇もなく、トラビスの明るい声が耳に飛び込んできた。
「おっ! ついに52層を抜けるぞ!」
第51層はワンフロアの広い部屋が一つだけ。
モンスターたちの襲撃をかわしながら進めばたいしたことはない。
そして第50層以降はグンとモンスターたちのレベルが下がる。
「よしっ! ついに、ついにSランクに手が届いた!!」
僕は思わず叫んだ。
それが合図だったかのように全員で走り出す。
しかし……。
第51層にたどり着いたとたんに、希望はあえなく霧散したのである。
「こ……これは……」
「うげえ」
「ひ、ひでえ……」
なんと冒険者たちの亡骸があちこちに転がっているではないか。
「いったい誰がこんなことを……」
顔を見ればどれもよく名の通ったSランクの冒険者ばかりだ。
ジェレミーにマットもいる。
しかしなぜこれほど大勢の冒険者たちがここに集まっていたのだろうか。
考えられるとすれば、ギルドが【緊急クエスト】を発令した場合くらいか。
だが【緊急クエスト】は国全体を揺るがすような危機的な状況以外では発令してはならないとされている。
そんな状況だったら僕らが気づかないわけがない。
となると、僕たちがダンジョンに入ってから今日までの23日間で何かが起こったということになる。
もしかして第53層で、何もなかったはずの部屋がモンスターハウスに姿を変えたのも何か影響しているのだろうか……。
そんな風に考えを巡らせていると、イライザが震える声をあげた。
「ねえ、ニック。あれ……」
イライザが指さした先で静かに佇んでいたのは初老の男。
背は高く、黒い外套を身にまとっている。
見たこともない男だ。
この光景を目の前にして、微笑を浮かべながらゆっくり徘徊しているのは、不気味というより他なかった。
「なあ、あんた! そこのあんただよ!!」
トラビスがだみ声を響かせると、男がこちらにゆっくりと視線を向けた。
目が合った瞬間に、ゾクリと背筋が凍る。
只者じゃない……。
逃げ出したいが、足が棒のように固くなって動けない。
「いったい全体どうなってやがる!? あんた知ってるのか?」
男がコクリとうなずいた。
「なら教えてくれ! これは誰の仕業――」
トラビスがそう言いかけた瞬間……。
――スンッ。
一陣の風が吹き抜けていった。
「へっ?」
素っ頓狂な声をあげるトラビス。
その直後。
――ボトッ……。
トラビスの右腕が地面に落ちた。
「余の仕業だ」
いつの間にか初老の男は、僕たちのすぐ目の前までやってきた。
「うがあああああ!! いてぇよぉぉぉ!! 助けてくれぇぇぇ!!」
トラビスが泣き叫びながら転げまわる。
僕はとっさに彼の前に立ち、男に問いかけた。
「あんたは何者だ……?」
トラビスが苦しむ様子をニタニタしながら見つめていた男は、かすれ気味の声で名を告げた。
「我が名はアゼルオンなり」
これが僕にとっての絶望のはじまりだった。
お読みいただきありがとうございました!
画面下部にある評価ポイントを入れていただくか、ブックマークしていただけると、大変励みになります!
どうぞよろしくお願いいたします!