第73話 【閑話】絶望のイライザ⑥
「お、おのれぇぇ……。姑息な手を使いおって……」
苦しむエンシェント・ブラックドラゴンのガルー。
その目の前にはニタニタした3人の姿。
紫の唇……カトリーナ。
彼女が親しげに腕を組んでいるのは……魔王アルゼオン。
その傍らで忠犬のような目でアルゼオンを眺めているのは……ニック!!
やっぱりあの野郎、裏切ってやがったのね!
「あら? ヒロインのお目覚めだわ」
カトリーナが私に不気味な笑みを向ける。
「どういうことよ!? 説明しなさい!!」
「ふふ。この状況を見れば察しがつくでしょ? あなたのご主人様が、魔王アルゼオン様の手によって瀕死に追い込まれてるってこと」
「てめえ……。俺様に呪いをかけておきながら……」
「あら? エンシェント・ブラックドラゴンともあろう御方が、私ごときの呪いに引っかかっちゃうなんて、思いもよらなかったわ。ほんの冗談のつもりだったのに」
どうやら私が眠らされている間に、ガルーがアルゼオンに挑みかかったみたい。
でも彼にはカトリーナから強い呪いがかけられていて、持てる能力をじゅうぶんに発揮できず、アルゼオンによって深手を負わされてしまったってことね。
「ククク。飼い犬のブラック・ファングが殺されたから落ち込んでいると思っておったが、さすがは我が愛弟子よ」
アルゼオンが愛おしそうにカトリーナの頭をなでる。
すると彼女は恍惚とした表情を浮かべた。
「アルゼオン様。いえ、私の信奉する神様。もったいないお言葉ですわ」
「あんた……。もしかして魔王信仰の信者ね」
魔王こそ唯一の神と崇めるクソな宗教があるって聞いたことあったけど、単なるデマだとばかり思ってたわ。
まさか存在するなんてね……。
辟易したところで、今度はニックが甲高い声で高笑いした。
「あはは! ご主人様は神以上の存在さ! もはやこの世のすべてと言ってもいい!」
あ、もう一人のバカの存在をすっかり忘れてたわ。
つい最近まで「最年少でSランクに昇格してギルドの英雄になるんだ!」って息巻いてたくせして、魔王が復活したらコロッと手のひらを返すあたり、ほんと薄っぺらい男ね。
もう二度とその面を拝みたくはないわ。
よし、仕方ないわね。
敵前逃亡は趣味じゃないけど、姑息な手を使われたとなれば話は別だわ。
「ダンジョン・エスケープ!! ガルー! 脱出するわよ!!」
……が、魔法が発動しない!?
「あら? ごめんなさい。マジック・ドレインであなたのMPを美味しくいただきましたの。ほほほ」
「んなっ……!? あんたって女は……。どこまでゲスなの!?」
「ふふ。褒めてもらえて嬉しいわ」
別に褒めてなんかないし。
と反論しても無意味なのは分かってる。
とにかく今はこのピンチをどう脱するかよね。
ふふふ。でも平気よ。
だって私はこの腐った世界で唯一けがれのないメインヒロイン。
つまりヒーローが颯爽とあらわれることは確定事項なのよ!
さあ、いつでもきなさい!
私のヒーロー!!
「なあ、ご主人様。もしエンシェント・ブラックドラゴンが僕の『犬』になったら、その奴隷もまた僕の『犬』になるってことでOKかな?」
……へっ? それってもしかして……。
「ククク。よくぞ気づいた。その通りだ」
「ちょっと待ちなさい!! いやよ!! こんなクソったれな男の奴隷なんて!!」
けど私の叫びなんて、ヤツが聞く耳持つはずもなかった。
「ぎゃあああああ!!」
ニックは何の躊躇もなくエンシェント・ブラックドラゴンのガルーにとどめをさした。
その直後、ガルーがゾンビになってニックの『犬』となる。
すなわち私がニックの奴隷に落ちぶれた瞬間でもあった……。
「う……そ……」
あぜんとして動けないでいる私のそばにニックがやってきた。
自分では爽やかと思っているらしいが、はたから見ればキモイとしか言いようのない笑顔だ。
「やあ、イライザ。また君と仲間になることができて嬉しいよ」
右手を差し出してきたニック。
誰がそんな汚らわしい手を握るもんか!
心ではそう思っていながらも、私の右手は彼の方へ勝手に伸びていく。
そしてニタリと彼が口角を上げたところで、彼の手をしっかりと握った。
「あはは。君のおかげで僕は『無双』の力を得ることができた。これでヤツを処刑台の上に立たせることができる」
「やつ……?」
「ピートだよ。君も憎いだろう? 彼のことが」
「ピート……」
脳裏にふわっとピートの顔がよぎる。
とたんに腹の底からマグマが湧き出るような感覚に陥ってきた。
体がわなわな震え、怒りで意識が飛びそうになる。
「そうよ……。あいつよ……。あいつのせいで私はこんな酷い目にあわなくちゃいけなくなったのよ!! 許せない。絶対に許せない!!」
絶望に沈んでいた心と体に活力が戻ってきた。
ニックと顔を合わせ、コクリとうなずきあう。
「さあ、行こうか。ピートに身の程というものを教えてやりに」
「ええ!」
こうして私とニックはピートとの決戦に向かった――。