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第72話 【閑話】絶望のイライザ⑤

◇◇


 私、イライザが酒場で働き始めてから早数ヶ月がたとうとしていた。

 しかし相変わらず奴隷のようにこき使われる日々。

 未だにエンシェント・ブラックドラゴンの召喚方法すら分かっていなかった。


「はぁ……。この本もダメね。ふんっ。王都一の蔵書量っていうからわざわざ出向いてあげたのに。なんなの? 使えない本ばっかじゃない!」


 王立図書館の一角で嘆く私の声がやまびこのようにこだまする。

 図書館の利用者や司書たちの視線が一斉に私に向けられた。


「ふんっ! 何よ! 私が絶世の美女だからって見ないでくれる? それとも鑑賞料を払ってくれるのかしら?」


 無意味と分かっていても、悪態が口をついて出てくる。

 ああ、もうほんとイライラするわ。

 今日もクソ男どものビールに雑巾を絞って出てきた水をたんまり入れてやるんだから。

 読んだ本をテーブルに置きっぱなしにしたまま、その場を立ち去ろうとしたその時。


「待ちなさい」


 ねっとりとまとわりつくような声が背後からかけられた。

 どうせ司書が「本を元のところへ返しなさい」と注意してきたに違いない。

 私は振り返らずに返した。


「あら? その本ならもう読んだから、元のところへ戻しておいていいわよ」


「ほほ。この本ねぇ。難しい単語を並べてる割には、内容は薄っぺらい。王立図書館のレベルが知れるから、返すくらいなら焼き払った方がまし、と思いません?」


 私は思わず振り返った。

 紫の口紅。黒いアイシャドーに黒いドレス。

 どこから見ても図書館の司書ではなさそうね。


「あんた何者?」


「エンシェント・ブラックドラゴンのことをよく知ってる者――とだけ言っておけば気が済むかしら。イライザ・アロエ卿」


「ふん。私ってば、いかにも怪しげな女にまで名前が知られてるなんてね。これだから有名人は困るわ」


 女がニヤニヤしながら私との距離をつめてきた。

 背筋に一筋の冷たい汗が落ちる。

 私ともあろう者が得体の知れぬ恐怖を感じるだなんて。

 この女、なかなかやるわね。


「そう怖がらなくてもよくってよ。わたくしはあなたの味方ですから」


「味方? だったらまず名乗るのが礼儀ってものでしょう?」


「ほほ。そうでしたわね。すっかり忘れてましたわ。わたくしの名はカトリーナ」


「どこで何をしてるか言いなさい」


「王都からずっと離れた寒村で『犬』を飼って暮らしていた、と申しておきましょう」


「暮らしていた? 過去形ね」


「ええ。引っ越しましたの」


「どうして?」


「犬が殺されてしまいましてね。ただの通りすがりの男に」


「ふーん」


「でももう殺されても問題なかったの。それに引っ越したおかげで、こうしてあなたに会えたのですから。むしろ幸運でしたわ」


 意味が分からないわ。

 それにすごく怪しいし。

 でもなぜか、その細い瞳に吸い寄せられる感覚に陥っていた。

 そしてカトリーナと名乗った女はいつのまにかすぐ目の前までやってきて、私のあごに細い指を滑らせた。


「あなたなら召喚できるわ。ガルーを」


「ガルー?」


「ええ。ガルー。エンシェント・ブラックドラゴンの名前ですわ」


「そんなの初めて聞いたわよ」


「ほほ。そうよね。もはやこの世界にマリウスが使役していたモンスターの名前を知っている人間なんて、わたくしを除いて存在すらしていないもの」


「ならなんであんたは知ってるのよ?」


「今はそんなことを知る必要がありまして?」 


 ニヤニヤしながら首をかしげるカトリーナ。

 確かにそうね。

 今、私が興味あるのはエンシェント・ブラックドラゴンをいかにして召喚するかってことだけだもの。


「わたくしの後をついてきてくださるかしら?」


 そう問いかけてきたカトリーナは、私の返事を待たずしてカツカツと歩き出した。

 怪しすぎる。

 でもこんなところでくすぶっていても何も始まらない。

 それに今の私には失うものなんて何一つないもの。


「いいわ」


 そう短く返事をして、私はカトリーナの背中を追った。


◇◇


 カトリーナに連れられてやってきたのは王都から少しだけ離れた村だった。

 一面の畑が連なっている。けどところどころ手入れがされていないみたい。

 それに人の気配がまったくしないのは気のせいじゃないはずだわ。


「こんな広いところだけど、今は無力なおばあさんが一人しかいないの」


「どうして?」


 私の問いにカトリーナはニタリと口角を上げただけで何も答えようとはしなかった。

 あまり深く詮索しても意味はなさそうね。

 その後は黙って彼女の後ろをついていくと、小さなほこらにたどりついた。


「ここよ」


「こんなところにエンシェント・ブラックドラゴンがいるというの?」


「ええ。かつてマリウスはアルゼオンを封じた後、故郷だったこの村に戻ってガルーをここに封印したのよ。そして村の住人たちを封印の護り手にした。ほほ。今は誰もいなくなってしまいましたけどね」


「あんたそんなことまで知ってるのね。それで。この後どうするわけ?」


 もはや疑問を持つことすら無意味に思えてきた私は先を促す。

 するとカトリーナは緑色に光る石を手渡してきた。


「……これってアルゼオンを復活させた時の石じゃない⁉ なんであんたがこれを持ってるのよ?」


「そんなことどうでもいいでしょう? さあ、その石にあなたの魔力を流し込んでから、くぼみにはめなさい」


「嫌よ! 怪しすぎるもの!」


「あら? 本当にいいの? わたくしは別に他の人にやってもらってもいいのよ。でもそうなるとあなたが困るんじゃない?」


「ぐっ……」


「わたくしは待つのはあまり得意でないの。だからすぐに決めてくださらない? やるか、やらないのか」


 カトリーナが手のひらを上に向けて、「さっき渡した石を返して」と言わんばかりに私につきつけてくる。

 でも、私にはもはや選択の余地なんて残されていなかった。


「や、やるわよ! やればいいんでしょ!!」


 ニヤっと笑ったカトリーナ。正直言って、すごくムカつく。

 でも一度やると決めたらもう後戻りはしないわ。

 ええ、やってやるわよ!

 エンシェント・ブラックドラゴンを召喚したら、まずはこの女をひざまずかせてやるんだから!


「エンシェント・ブラックドラゴンよ! 我が求めに応じて姿をあらわせ!!」


 かつてピートが言ってたセリフをそのまま叫ぶ。

 あ、でも彼は一度もこのセリフで召喚を成功させたことはなかったわね。

 まあ、いいわ。

 私があいつよりも有能であることを示すには絶好の機会よね!


 さあ、召喚されなさい!

 エンシェント・ブラックドラゴン!!


 ――ピカッ!


 握りしめていた石が眩しい光を放つ。


「今よ!! はめなさい!!」


 カトリーナの声に後押しされるようにして、私はくぼみに石をはめた。

 ほこら中に光が充満する。


「くっ……」


 眩しすぎて思わず目をつむってしまった。

 そしてしばらくしてから、ゆっくりと目を開けた。

 すると目の前にガタイのいい青年が立っていたのである。


「てめえか。俺様を召喚したのは」


「あんた誰よ?」


「ああ? 俺様のことを知らないで召喚したっていうのか? 俺様はガルー」


 そう名乗った直後、彼はみるみるうちに巨大な黒龍に姿を変えた。


「伝説のエンシェント・ブラックドラゴンとは俺様のことだ。小娘よ。俺様と契約せよ」


 やったわ……。

 ついにエンシェント・ブラックドラゴンの召喚に成功したのね!


「ははははっ! ざまぁみなさい!! これが私の実力よ!!」


 自然と喜びと感動が口をついて出てきた。

 ……が、その直後、ガルーは聞き捨てならないことを言いだした。


「小娘。俺と契約するのか、しないのか、はっきり答えよ」


「契約ですって? どんな契約よ」


「主従契約だ」


「主従契約……。ははっ。そうね。私が主人で、あんたが奴隷ってことね」


「違う。逆だ。俺様が主人で、小娘は従者。それが嫌ならば帰らせてもらおう」


 私がモンスターごときの奴隷ですって!?

 そんなの許せるはずないでしょ!

 けど私が反論する前に口を挟んできたのはカトリーナだった。

 

「ほほほ。ガルー様。もちろんそのつもりで召喚いたしましたの。ささ、早くこの娘と主従契約を!」


「ちょっと待ちなさいよ! 私は嫌よ! 絶対に――」


 そう言いかけたとたんに、強烈な眠気が襲ってきた。

 視線をカトリーナに移す。

 口と鼻をスカーフで覆った彼女の手には眠り薬の小瓶。火であぶって魔法の煙を出すタイプのものだ。


「や、やめて……」


「ほほ。あなた、自分でやったことをもうお忘れかしら?」


 私がやったこと?

 ああ、あいつか……。

 ピートを眠らせたことね……。

 くっ……。あいつめ……。

 どこまで私の足を引っ張れば気が済むのよ……。


 私の記憶はそこで途切れた。

 そして目を覚ました私の目に飛び込んできたのは、ありえない光景だったのである――。

 



 



 

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