第62話 モンスターのハウス
◇◇
モンスターハウスの仕様は実に厄介だ。
だだっ広い部屋の中に、必ずモンスターが1000体いる。
必ずだ。
いや、厳密に言えば、仮にモンスターが0体になっても『翌朝』には元通りに戻っている。
つまりニックの襲撃を予測して、前もって0体にしておくというのはかなり無理がある。
だがもう1つ面白い仕様があるのが分かった。
それは『モンスターの数は敵味方に関わらない』ということだ。
つまりモンスターハウスの中のモンスター1000体が全員仲間であっても良いのである。
そこで俺は決めた。
拠点の領地を草原だけではなく、モンスターハウスにも拡げることにしよう――。
「よーし、みんなぁ! こんがり肉の出来上がりだ。さあ、食ってくれ。大丈夫。毒なんて入ってないから~」
ということでモンスターハウスでバーベキュー大会が始まった。
手ぬぐいを頭に巻いたサン、ルナ、グリン、リズリー、メルロ、それにガイとコツが手伝ってくれている。
ん? ガイとコツの2人がなんでここにいるのかって?
地獄の門番兵たちはイノシシの肉なんて興味ないからだ。
なのでガイとコツには地獄の門番兵たちを勧誘するように頼んであるってわけだ。
「こんな明るくてうるさいところじゃなくて、暗くて静かなところで暮らせるんだ」
「天国みたいなところだぞぉ」
「んだんだ。おまえらも天国さ行ってみたくねえか?」
「行ってみてえならここにいるピートさんと契約を結ぶんだぞぉ」
「天国って最高だぜぇ」
地獄の門番兵対して天国で釣るという大胆な作戦に出るガイとコツ。
「て、天国! マジか!?」
「うおおおお! 俺も天国いきてぇぇ!!」
「天国、さいこぉぉぉ!!」
その作戦にあっさり釣られる地獄の門番兵たち。
こいつらどこの門番なのか自覚はあるのだろうか。
ネーミングを変えた方がいいと本気で思うよ。
まあ、何はともあれ、1000体のモンスターは無事に全員仲間に加わった。
地獄の門番兵は全部で20体。彼らは『天国』に送るから、草原にいる別のモンスターをここに連れてこよう。
「ご主人様。皆さんをここに住まわせるつもりですか?」
バーベキューの片付けの最中にルナが問いかけてきた。
ちょっぴり不安げな表情を浮かべている。
「うん、そのつもりだけどどうして?」
「いえ、ご主人様がそう言うなら反対はしません」
ルナはエアリスと違って自分の意見を口にするタイプじゃない。
そんな彼女が何か言いたげにしているのだから、よほど気になることがあるのだろう。
「言いたいことがあるなら我慢しなくていいんだぞ?」
「はい……では――」
ポツリポツリと話し始めたルナ。
「この部屋はあまりに無防備すぎます。せっかく仲間に加わっていただいたのに、このままではみんなやられてしまいます。ご主人様、どうにかしていただけませんか?」
仲間思いのルナらしい発言だ。
重い話かなと身構えていたけど、俺と同じことを考えていたみたいで安心したよ。
俺は彼女の肩にポンと手を乗せて顔を合わせた。
「安心してくれ。ルナ。彼らの『安全』をちゃんと確保するから」
◇◇
モンスターハウスの何が問題だったかと言えば、ルナの言う通りで『無防備すぎる』ところ。
だったら防備を固めればいい――。
というわけで、俺たちはモンスターハウスに、文字通り『モンスターの家』を作ってみた。
メインの素材は石。もちろん柱などには木も使っている。
王城をイメージした5階建ての集合住宅だ。
もちろん建物だけでは防備が完璧とは言えないからな。
高い壁でぐるりと囲ったよ。
素材は外堀を作った際に大量に出た土。
鉄の門も備え付けてあるから、ニック率いるゾンビ軍団が大挙として襲いかかってきてもそう簡単には破れないだろう。
それから住むために必要なものもちゃんと用意してある。
まずは水。
隣の草原エリアにつながるドアを開けっぱなしにして、川から水路をつなげた。
次に食事。
食材は草原エリアから運ぶ必要はあるが、キッチンを作ったから集合住宅内で調理が可能だ。
サンが「私がお料理を担当します!」って張り切ってたけど、そこはルナに任せることにしたよ。だってほら……理由は分かるだろ?
こうして立派なモンスターの家が完成した。
モンスターを2000体投入したうえで丸3日かかったけど、素晴らしい出来栄えだ。
新居を前に喜びをあらわにするモンスターたちを見ながら悦に浸っていると、ルナが横に並んできた。
「ふふ。さすがご主人様です」
「そうか? 俺はあんまり仕事してないぞ」
「皆さんが力を合わせて家を作ることができたのは、ご主人様のおかげですから」
「まあ、そう言ってもらえると素直に嬉しいよ」
視線をルナからモンスターたちに戻した直後、彼女はぐいっと身を乗り出してきた。
そして……。
――チュッ。
俺の頬に軽くキスをしたのだった。
「んなっ!?」
「私、これからもずっとご主人様についていきます。今のは『よろしくお願いいたします』という挨拶ですの」
「いやいや、だったら言葉で言えよ! なんで、その……」
「キスは親愛のしるしです」
「そそ、親愛ね。ならいい……わけないだろ! も、もしかして他の人にもこんなことしてるんじゃないだろうな?」
ルナは俺の問いに答える代わりにいたずらっぽい笑みを浮かべた。
そして彼女はメイド服のスカートのすそを掴んで一礼してから、その場を立ち去ったのだった。