第55話 いや、うん。全部想定内なんだよなぁ
ドワーフたちが一斉に自作の弓を構えた。
「今だ! 放てぇぇぇ!!」
――ヒュン! ヒュン! ヒュン!
矢の雨が堀の中のゾンビたちに降り注ぐ。
「あははは! そんなへぼい攻撃で僕の犬を倒せると思っていたのかい? 君の甘いところは何も変わっていないようだね。だから君はいつまでたっても無能なのさ! あははは!」
ニックが笑い飛ばした通り、ゾンビたちにひるむ様子はまったく見られない。
次々と堀に転落しては、仲間を踏み台にして這い上がってくる。
「ピート、あきらめるんだ! ゾンビたちはどんなに分厚い壁だろうと必ずぶち破る。そこにいる弱っちいモンスターたちを蹂躙し、君の守ってきた大切なものを粉々に破壊するだろう。そうなる前に僕にひれ伏せるがいい! そしてサンを差し出せば、許してあげなくもないさ! あははは!!」
サンが「うげぇ」とあからさまに気持ち悪そうな顔をした。
分かるよその気持ち。俺もドン引きしてるから。
「サン、大丈夫だ。俺のモンスター・オートメーションを信じてくれ」
もちろん俺だってドワーフの弓攻撃で強化されたゾンビたちを倒せるなんて微塵も考えちゃいない。
ドワーフの放った矢の先端には、森から採取した樹液をたっぷりしみこませた木の皮をグルグル巻きつけてある。
知ってたか? このフロアの木の樹液はよく燃えるんだ――。
「よぉし! 追撃だ!!」
――ヒュン! ヒュン! ヒュン!
今度は先端に火をつけた矢を一斉に飛ばす。
ねっとりと油まみれになったゾンビにその矢が触れたとたん。
――ゴオォォォオ!!
大きな音を立てて燃え始めた。
すさまじい火柱があちこちから上がる。
ちょっと離れた外壁の上にいても、熱を感じるんだから相当な火力なのだろう。
「ピートさん! すごい!! さすがです!!」
「お、おう」
サンはキラキラと目を輝かせているが、いや、はっきり言ってここまで火の勢いがすごいのは想定外だったよ。
ま、何はともあれ目的は達成された。
火で埋め尽くされた外堀の中に、ゾンビたちが続々と転がり落ちていく。
「なっ……!」
ニックの顔が真っ青になったのが遠目でもよく分かった。
だがそれもつかの間、すぐさま彼は憎たらしい笑みを浮かべた。
「くくく。まさかこれで終わりってわけじゃないよね?」
「ピートさん! あれ!!」
サンが指さした方へ視線を移すと、1体のゾンビが炎を体にまといながら、外堀を乗り越えているのが目に飛び込んでくる。
俺はゴクリと唾を飲みこんだ。
「あはははは!! どうやら驚きすぎて声も出ないようだね!! いい気味だ!!」
心の底から愉快そうに笑うニック。
でも距離離れてるし、何か言ってもどうせ聞こえないだろ?
俺、大声出すつもりないし。
あ、ただ楽天的って悪いことじゃないと思うよ。
でもとんだ勘違いなんだよなぁ。
だって今唾を飲みこんだのは、歯につまっていたイノシシの肉が急に取れたからであって……。
ゾンビが外堀を越えてくるのも想定なんだよ。
クソニック。