第44話 今日の俺は本当についてるぜ!
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要塞作りの途中にも関わらず、ギルド……つまりグロリア王国の王都に戻ったのは決してダニエルに生存報告したかったからではない。
いや、ちょっとはそれもあるよ。育ての親だしな。あんまり心配してほしくなかったし。
でもメインじゃない。
本当の目的は買い物だ。
「野菜、肉、香辛料……あと卵もほしいな」
「あの、ピートさん?」
「ん? サン、どうした?」
「いえ、私、あまり人間の世界のことは詳しくないんですが、お野菜やお肉はこんなところで売ってないのでは?」
サンが眉をひそめるのも無理はない。
だって今俺たちがいる場所は、あらゆる物が揃う王都の市場ではなく、辺り一面に畑が広がる町の外れなのだから。
「いいや、ここでいいんだよ」
「どういうことですか?」
キョトンとするサンに対し、俺はニヤリと口角を上げた。
「市場で手に入れても、すぐに食べて終わりだろ?」
あごに手を当てて考え込むサン。
しばらくして何かを思いついたように、ポンと手を叩いた。
「あ、まさか……! ピートさんは拠点に畑を作るつもりですか!?」
「ああ、でも畑だけじゃないぞ。豚や鶏も飼うつもりだ」
「野菜の苗や家畜を分けてもらうためにここまで来たんですね!」
まあ、実際のところ、豚が収納リュックに入るかって問題はあるが、やってみなければ分からない。
最悪、野菜の苗と鶏だけでもいいか。
あ、もし豚がいけそうだったら、牛も欲しい。
風呂上がりに冷えたミルクをくいっと飲む、あの至福な瞬間をダンジョン内でも味わいたい――ただそれだけの理由だけどな!
「正解だ! さあ、もたもたしてる暇はないぞ。ここの畑の持ち主を探そう!」
こうして俺たちは人探しをはじめたわけだが、たった一歩踏み出しただけで、あっさりと終わることになった。
「おや、まぁ。あんたら王都の冒険者かね? こんな何もないところに何の用だい?」
話しかけてきたのは、いかにも人のよさそうなおばあちゃん。
手には大きなクワ。顔は泥で汚れ、クビには汗を拭くタオルがかかってる。
ついさっきまで畑仕事をしてたんだよぉと、体全体で言っているようなもんだ。
俺がペコリと頭を下げると、隣のサンも慌ててお辞儀する。
「こんにちは、俺はピート。こちらはサンって言います」
「こ、こんにちは、サンです」
「はい、こんにちは。わたしはサマンサよ。今どき珍しく礼儀の正しい子たちだねぇ」
サマンサさんおばあちゃんは、人と話すのが好きなんだろうな。
なんだかとても楽しそうだ。
「ありがとうございます。ところでここら一帯はサマンサさんの畑ですか?」
「うんうん、そうだよぉ」
予想通りだ!
今日の俺はついてるな。
……って、サンにぶっ飛ばされてあの世にいきかけたのをすっかり忘れてたな。
でも、意識を失ってた時間があったおかげで、サマンサばあちゃんにばったり出会えたと思えば、運が良かったってことになるか。
「人と話すのは久しぶりでねぇ」
「そうでしたか。ここら一帯には他に人が住んでいないのですか?」
「ええ……。ちょっと前までは……いや……とにかく今は私一人なんだぁ」
サマンサばあちゃんが苦しげに言葉に濁した。
何か事情がありそうだ。
だが深入りしていいものなのか……。
次の言葉に悩んでいると、サマンサばあちゃんの方から話題を変えてくれた。
「ふふ。ちょうど畑仕事がひと段落したところなのよ。せっかくだから、うちへ上がってお茶でも飲んでいきなさいな」
そうしたいのはやまやまだが、残された時間があまりない。
ダンジョンで一生懸命働いているモンスターたちに晩御飯を作ってあげないといけないからな。
俺は丁寧に断ろうと口を開いた。
「あの、実は……」
……と、その直後だった。
サンがはっとした顔で辺りをキョロキョロしだしたのだ。
「ん? どうした?」
「ピートさん、何かきます」
サンに言われて、耳をすます。
かすかに何か聞こえる。
「これは……オオカミの声か……?」
それを聞いたサマンサばあちゃんが、顔を真っ青にしてわなわなと震え出した。
こんなだだっ広いところに、ばあちゃん一人。
何か裏がある、と思ってたけど、どうやらこちらに向かってくるオオカミと関係ありそうだな。