第41話 サンとの間にできた子どもかぁ
◇◇
この世界の通貨は、4種類ある。
一番安いのが『鉄銭』。次に『銅貨』『銀貨』『金貨』と続く。
その上に『プラチナ貨』なるものもあるみたいだが、俺みたいな庶民にはおおよそ手の届かない代物だから省いておく。
鉄銭1000枚で銅貨1枚。
銅貨100枚で銀貨1枚。
銀貨100枚で金貨1枚。
パン1つが鉄銭10枚。
1泊2食つきの安宿で鉄銭200枚くらいが相場。
冒険者は基本的には歩合制だけど、訳あってダンジョンに入ることができない人のために基本給も支給される。それが銅貨5枚。
人によってまちまちだけど、Sランクの冒険者の平均年収が金貨1枚くらい。
ごく一部の超一流の冒険者ですら年収が金貨10枚を超えればいい方なのだ。
つまり金貨10枚とは超一流の冒険者の稼ぎ1年分にあたるわけで……。
「じゅ、じゅ、じゅうぶんです! ありがとうございます!! でももしアルゼオンを討伐できなかったら、返金ですよね……?」
「いや、その必要はない。その代わり、鎖の封印だけは何としても守ってほしい。今そのことをお願いできるのは君しかいませんから」
「は、はい! それは任せてください!」
フレッドの気が変わらないうちにさっさと懐に納めてしまおう。
もうこれで返さないぞ。こいつは俺のものだ!
……と盗賊の親分みたいな発言は心の中だけにとどめておいた。
でもサンにはお見通しだったようだ。
頼むから、そんな痛い人を見るような目をしないでおくれ。
「では、私はこれで失礼する。進捗があればダニエルさんに報せてほしい。いいね?」
「はいっ!」
フレッドは細い目をさらに細くして、小さくうなずいた後、部屋を後にした。
イケメン、王国の権力者、一流の魔術師、超太っ腹、そのうえ性格も良さそう……天は何物を彼に与えたのやら。
でもまあ、そんな雲の上のような人に「君には次の英雄になれる資質がある」なんて言われたら、悪い気はしないよな。
さてと、大事な用ってやつも済んだみたいだし、俺もおいとまするか。
サンとともにソファから立ち上がった俺は、ダニエルのおっさんに手を差し出した。
「じゃあ、ダニエルさん! またいつか!」
「おうっ。なんだか元気になったみてえでよかったぜ。くれぐれも体だけは壊すんじゃねえぞ」
あんたは俺の親か?
……って、早くに両親を失くした俺を実の子どものように育ててくれたのは、他でもない。ダニエルのおっさんなんだよな。
言わば育ての親だ。俺が冒険者を目指したのも彼の存在が大きかったな。
もし彼がいなかったら、今こうしてサンが人間の女の子として隣にいることはなかっただろう。
感謝してもしきれないよ。ほんと。
「ダニエルさんも気をつけて!」
「ガハハハッ! 分かっとるわい!」
俺たちは別れる前に熱い抱擁をかわす。
その後、ダニエルはサンにぺこりと頭を下げた。
「ピートのこと、よろしく頼みますぞ」
「へっ? あ、はい!」
「こいつはちょっとおっちょこちょいなところもあるし、先走って周りが見えなくなっちまうこともあるからよ。心配でなんねえんだよ」
ダニエルがちょっと恥ずかしそうに顔をそむける。
「ニックとパーティーを組むって聞いた時も、俺は反対したんだぜ。でも『ニックとなら危険なダンジョンの中を安全にできると確信してるんだ!』って言って聞かなかったものだからよ。しぶしぶ首を縦に振ったんだが、ふたを開けてみれば、酷い目にあわされる始末。俺はよぉ。こう言っちゃなんだが、ピートに大物になってほしいなんて思ってないんだ。ただただケガなく、楽しく毎日を送ってくれることだけを願ってる」
「ええ、私もそう願ってます」
「ガハハハッ。やっぱり俺の勘は正しいぜ。嬢ちゃん。あんたにならピートにを任せられる。あんたみたいなしっかりしたパートナーがずっとそばにいてくれれば、俺も安心してダンジョンに送りこむことができるってもんだ」
サンはほんのり顔を赤くして、表情を引き締めた。
その様子を見たダニエルは嬉しそうに口角を上げる。
心配性で過保護の二人が手を組んだってわけだな。
……ったく、俺はいつまでもガキじゃないっての。
「サン、そろそろ行こう」
「はい!」
「おお、行ってこい! 鎖の封印のこと、頼んだぞ!」
俺は口で答える代わりに手をひらひらさせる。
と部屋を出る直前、ダニエルが思い出したかのようにだみ声をあげた。
「早く孫の顔を拝ませてくれよ! ガハハハッ!!」
なっ……!?
孫ってなんだよ?
そもそも俺はあんたの子どもじゃないっての!
そう言い返そうと、背後を振り返る。
途中でサンと目があった。
顔がリンゴのように真っ赤で、瞳がわずかに潤んでいる。
「あっ……」
胸がドキドキして、動きがピタリと止まる。
確かにサンは可愛い。けど元はゴーレムだし、人間の女性として意識したことはなかった。
ダニエルのおっさんめ……。
あんなことを言われたら、嫌でも意識しちゃうだろ!
でもサンはどう思ってるんだろう?
もしかしてサンも……。
「あのさ、サン……」
そう口を開きかけた瞬間――。
「は、恥ずかしいから見ないでください!」
サンは軽く俺の肩を押した。
ほんとに軽くね。
しかし……。
――ドゴォォォォン!!
派手な爆発音と同時に俺の体は廊下の奥まで吹き飛ばされていく。
ああ、これってもはやお約束になるつつあるよな?
「ピートさん!! た、大変!! しっかりしてください!!」
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