第十四話「思わず」
「はあ……はあ……はあ。や、やっと逃げきれた」
初めてかもしれない。
ファナから逃げきれたのは。しかし、ゆっくりしようと思ったのに、めちゃくちゃ疲れた。
『しつこい幼馴染だったな。にしても、聖女にしては恐ろしい脚力してんな』
(あいつは、昔からやんちゃだったかな……聖女なんて柄じゃなかったんだよ)
今でも驚いているよ。ファナが、聖女なんてやっているなんてな。
あー、疲れた。
とりあえずどこか腰を落ち着かせるところに。
「えっと、ここがあそこだから。次の角を……」
あっ、リオだ。
なんだか道に迷っているように見えるが。
「どこに行こうとしてるんだ?」
関わるつもりはなかったんだけど、体が勝手に動いていた。
「あ、クルートさん。それが、本屋に行きたいんですが」
「あぁ、本屋ね。だったら、知ってるぞ」
ファナから逃げている最中に見かけたからな。
その通り道に、ちょうどよく本屋があったことを覚えている。
「案内するぞ」
「え? い、いいんですか? クルートさんも、なにか用事があるんじゃ」
「別にいいって。ただ案内するだけだからな」
それに、リオは比較的に静かだから、一緒に居ても疲れないだろうし。
「ありがとうございます。すみません」
「いいから、ほらこっちだ」
「は、はい!」
『なんだよ。聖女と違って態度がずいぶんとちげぇじゃねぇか。てめぇ、ああいうおどおどしたのがタイプなのか?』
(少なくとも、ファナよりは、な)
目的地の本屋は、現在地から歩いて十分ほどで到着する。
さっきは、必死に逃げていたから、まともに周りの風景を見られなかったからな。
リオを案内しつつ、じっくりと観光するか。お? あっちの細い道は、逃げる時に使えそうだな。それに、その近くにある下水道への入り口も……待て待て。今は、ファナで出会った時の逃げ方を考えている場合じゃないんだ。
『しっしっしっ! あの聖女のこと相当怖いみてぇだな』
(お前だって、びびってたじゃねぇか。脳内であんな奇声を上げやがって)
あれは、ファナから逃げている最中のこと。
逃げきったと思い、油断していたところへ、いつの間にか回り込んでいたファナがこんにちは。
俺以上に、クローティアが悲鳴を上げていた。
『び、びびってねぇし! ちょっと驚いただけだからな! 勘違いしてんじゃねぇぞ!! 俺様は魔王だぜ? あんな小娘なんか』
はいはい、そうですか。
「あの、クルートさん」
「ん? どうかしたか。本屋だったらもう少しだ。この先をまっすぐ進んで、右に曲がれば」
「いえ、そのお体のほうは大丈夫、かなと思いまして」
どういう意味だ?
「あの時からずっと、様子がおかしいというか」
「あー、うん。まあ、平気だ。気にするな」
「そ、そうですか。それなら、いいんですが。何か異変があったら、遠慮なく言ってください。お力になれるかはわかりませんが、私なりにご助力しますので」
「……おう」
なんだかなぁ。調子狂うな。
リオからしたら、俺を変えてしまった罪悪感からこんなに気にかけてくれているんだろうけど。
「ほら、ここだ」
それからは、全然会話はなく、ただただ無言のまま移動を続け、目的地に到着した。
「案内していただきありがとうございます」
「だから気にすんなって。それじゃあな、俺はこれで」
「は、はい。それでは、また後で」
ふう。さて、今度こそゆっくりできるところを。
「見つけたわ!」
「げっ!?」
しかし、我が幼馴染は休ませてくれないようだ。
こうして、また俺の逃走劇は幕を開けるのだった。




