プロローグ
「くそ! まだだ……まだ!! 俺は!!」
「終わりよ。諦めなさい。どう見てもあんたの負けよ」
俺は、膝をついたまま荒く乱れた呼吸をなんとか整えようとする。
そんな俺を、棒のついた飴を口に含んだオレンジ色のサイドポニーテールの少女が剣を突き付けている。
彼女の名前は、姉野清果。
世界を救うため、異世界から召喚された勇者。
普段は、誰にでも愛想良く、家庭的で、年上の俺にも姉ぶろうとする。
元の世界では、よく子供達の世話をしていたほど、戦いとは無縁そうな少女だ。
なのに、いざ戦いになると圧倒的な戦闘力を見せつける。
武技や魔法、多種の耐性を持ち、聖剣、聖槍、聖槌、聖弓の聖なる武器を使いこなす。
歴代の勇者を容易に超える強さを誇る。
そんな彼女のパーティーに俺は、この世界でも珍しい弱体化魔法を持っているがゆえに、参加できた。
弱体化魔法以外、平凡な俺は置いていかれないように血の滲むような努力を重ねた。だけど、他のパーティーメンバーとの差は開くばかり。
そして、ついに恐れていたことを起こった。
パーティーからの追放。
勇者自ら俺に通告され、そこには他のメンバーである賢者リオ・マーマロと聖女であり幼馴染のファナ・オサナーが立ち合っていた。
二人の目の前で、行われたのは勇者との一騎討ち。
当然のことだが、結果は見えていた。
凡人な俺が勇者である清果に勝てるはずがない。最初はなんて無茶苦茶な方法なんだと思った。
もはや追放されるのは確実。
言葉でダメなら、実力行使と考えたんだろう。そこまでして俺を……いや、無茶な方法とはいえチャンスがあるだけまだマシか?
……マシ、じゃないよな。
こうして、行われた勇者との一騎討ち。
凡人なりに足掻いて見せる。
俺は、今自分の力の全てをぶつけた。
「俺は……!」
しかし、負けた。
まったく相手にならなかった。攻撃は一切当たらず、実力の一割程度しか出していなかった相手に。
「……」
ガリ!
必死に立ち上がろうとしている俺の耳に、なにかを噛み砕く音が届く。
「なんだよ、そんなに興奮してるのか? 足手まといの俺をようやく追い出せるからって。それとも、諦めの悪い俺を見て、イライラしてるのか?」
これまで一度だって噛み砕くことがなかった飴を、清果は噛み砕いたのだ。
俺を見ていた二人のことを確認する。
リオは、姿がなく。ファナは……視線をそらしていた。
「……わかったよ」
俺は、剣を杖代わりにして、決闘場から出ていく。
廊下に出ると、ファナが壁に背を預けて立っていた。
「じゃあな」
一応一番付き合いが長いので、別れの挨拶を言うが、言葉は返ってこなかった。
こうして、ちょっとレアな魔法があるだけの凡人クルート・ブラディードは勇者パーティーから追放された。
・・・
俺は、立ち寄った町から出て、静かな森の中で一人、夜空を見上げていた。
身体中はボロボロだが、致命傷はない。
念のため応急処置はしてある。
巻いた包帯に触れ、俺は清果達の顔を思い出す。
なんでだ。
俺は……まだやれた。やれるんだ! そう叫ぶがパーティーメンバーの視線は冷たいものだった。
最初のパーティーに誘ってくれたあの暖かな笑顔はどこにいったんだ? 役に立たなくなったら、お払い箱か? だからって追放はないだろう。
「所詮俺は、凡人だったってことか……」
いや、違う。
俺は、凡人なんかじゃない。やればできる人間なんだ。くそ! くそ! 絶対見返してやる……いや、復讐してやる。
さんざん俺を使っておいて、足手まといになったら、すぐゴミのように捨てるあいつらに!
勇者パーティーへの復讐を誓った。
それが引き金となったのか。
体から力が溢れ出てくるのを感じた。
「これは」
わかる……わかるぞ! 力が、俺の力があいつらに復讐しろと言っているのが!
そこへタイミングよく獰猛な狼の魔物が十体現れる。どうやら手負いの俺を食らおうと言う魂胆なんだろう。
逃げられないように、囲んでいた。
「【速度低下】」
刹那。
魔物全ての速度が低下する。こいつらは軽快な動きが売りだったが、全然遅い。
遅すぎて欠伸が出るほどだ。
凄い、凄いぞ。今までは二体同時が限界だったのに。
「はははは!! 今なら、あいつらに!」
復讐の炎が燃えたぎらせながら、俺は魔物を全て倒す。
さあ、復讐を始めるぞ!!