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ピアノのある終着駅  作者: 東空 塔
第一章 羽越喜一(うえつ・きいち)
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ぼた餅を見つけた棚はできれば開けたくなかった

 その日、会社に戻ると上司から呼び出しがかかった。

「羽越、ちょっと来い」

 そうして連れられたのは小さな会議室。そこにはポンタがいた。ポンタというのは経理の本田苑子の渾名である。もっとも面と向かってそう呼ぶ者はおらず、陰でそのように呼ばれていたのだ。わが社の金庫番でありお局様である彼女は、みんなから何かと恐れられていた。

「羽越さん、最近川渡中央駅までの電車賃を請求することが多いようですが、日報に書いてある訪問先からは随分離れていますよね。どういうことですか?」

 ポンタは腕組み姿勢のまま僕をじっと見た。まずい、と僕は思った。仕事とは関係ないのだから電車賃くらい自腹を切っておくべきだった。本来部下を守るべき立場にある上司の重山課長も「おい、何とか言え!」と僕の敵に回る。

「じ、実は先日川渡中央駅のピアノを調律したのですが、元々の状態がひどかったので、度々アフターケアに行ってたんです」

「それならそうと日報にも書いておけよ!」

 重山課長は兎にも角にも怒鳴りつけた。その後でポンタから指示が出た。

「事情はわかりました。今度からキチンと日報に業務内容を記録し、その上で必要経費を請求して下さい。今回は別途旅費交通費申請書を改めて書いてもらいます。その上で経費として計上します」

 そうして僕はポンタから用紙をもらい、旅費交通費申請書の作成に取り掛かった。過去の日報に目を通している内に、ある日付の日報が目に留まった。


「○月△日」


 件の小池哲夫が歩道橋から転落死した日だ。その日、僕は川渡中央駅へ行き、そこでケイスケさんと会っていた! もしかしたらアリバイが成立するかもしれない。そう思って僕はネットの記事をさらってみた。すると、小池哲夫の死体が発見されたのは当日の12時10分頃とのことだった。

 僕はその日、朝一番の仕事を11時半に終えている。それから電車に乗り川渡中央駅についたのは11時45分頃、ケイスケさんと話した後、次の仕事に間に合わせるため、僕は12時5分発の電車に乗った。つまり11時45分から12時過ぎまではケイスケさんには犯行は不可能だったことになる。問題はその後、件の歩道橋に12時10分までに移動が可能かということだ。


 退社後、僕は川渡中央駅に出向いた。電車賃は無難に自腹を切った。駅に着くとピアノのある場所に立ち、スマホのマップアプリで件の歩道橋までの移動時間を調べた。すると徒歩で10分、バスを利用すれば5分で移動できることがわかった。バスの時刻表を調べると、12時台は0分、5分、10分発とあり、この内ケイスケさんが乗車可能で12時10分に歩道橋に辿りつけるのは5分発のバスのみということになる。つまりバス乗車から犯行まで5分以内に終わらないとならない。それは可能なのか。とりあえず僕は実験してみることにした。

 バスに乗るタイミングでスマホのストップウォッチをスタートさせる。そしてバスが歩道橋の最寄りの停留所まで着くと、急いで飛び降り、歩道橋の上まで駆け上る。そしてストップウォッチを停止させた。所要時間は5分23秒。これでケイスケさんの犯行は非現実的となった。しかし、まだ確定要素が欠けている気がする。

 ○月△日12時5分発のバスの運転手がケイスケさんを乗せていないことを証言すればアリバイは確かなものになる。そう思った僕はタクシーを拾ってバスの営業所へ向かった。


 営業所の窓口ではプリペイドカードや定期券を購入する客たちが並んで列を作っていた。運転手に会って話をきこうとする僕はひどく場違いな気がした。程なく僕の順番が回ってきたが、用件を伝えると係員は案の定面倒くさそうな顔をした。

「……担当の者を呼んで参りますので、後ろの方でお待ち下さい」

 係員はそういって何やらメモ書きを背後の人間に渡し、僕に待合席を指差してそこに座るよう促すと、次の客の応対に当たった。しばらく待っていると、中から禿げ上がった眉毛の太い男性が現れた。

「……あんたが羽越さん?」

「はい、そうです」

「俺が○月△日12時5分発のバスを運転していた高尾だが……何の用だね?」

 高尾はおよそ接客業とは思えぬ不躾な物言いで怯みそうになったが、僕は気持ちを鼓舞させてきいた。

「そのバスに、この人乗りませんでしたか?」

 僕はスマホにケイスケさんの顔写真──ネットニュースから引っ張ったものであるが──を表示させて見せた。すると、高尾の表情がわずかに変化したのを感じた。

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