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ピアノのある終着駅  作者: 東空 塔
第六章 ピアノの危機
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倉岡大輔(くらおか・だいすけ)

 それからしばらく経って、港堤県都市開発社長・大貫洋二郎の元を一人の男が訪ねて来た。国会議員・倉岡大輔……すなわち倉岡勇の父親である。

「これはこれは、このような僻地までおいで下さるとは……」

 大貫社長は慇懃に対応したが、倉岡大輔はそれを打ち消すように、なお深く頭を下げた。

「いいえ。それより、愚息が御社で大変ご迷惑をおかけしているそうで、こうしてお詫びに参った次第です」

「ご迷惑だなんて、とんでもない。ご子息は弊社において精力的にご活躍なさっております」

「……だといいのですが、かなり傍若無人に振る舞っているそうですね。皿池建設さんでもそうでした。私は世の中をよくするために人を導くような人間になって欲しい、そう思って子供達を育てて来ました。しかし彼の場合、それが裏目に出て、妙な選民意識を持ったままな人間になってしまいました。皿池建設さんでも、何を履き違えたのか、人を見下しながら自分は何も学ぼうとしない、そんなボンクラのまま何年も過ごしていました。それで私は皿池建設さんに今回の出向をお願いしたわけですが……かえって息子の我が儘を増長させることになってしまいました……」

「それは……倉岡先生のご意志にそぐわない結果となり申し訳ありません!」

「いや、謝らなければならないのはこちらです。そして今日は、ひとつ私自身の我が儘を聞いてもらえないかと思って参りました」

「何をご所望でしょうか?」

「息子を……事業部長の職から解き、平社員として欲しいのです」

「そ、そんなことは……!」

「私は政治家として納税者・生活者・消費者としての庶民的感覚が不可欠であると常日頃心得ております。息子にもそれを身につけて欲しい。そこで御社で厳しくしごいていただいて、市民としての視点を学んでもらいたいのです。どうか、この通り、お願いします!」

「お、お顔を上げて下さい! 承知いたしました、しかるべくご子息の人事を手配します」

「ありがとうございます」

 ひとこと礼を述べて、倉岡大輔は帰って行った。


      †


 児玉啓介が堂之前議員の口を通じて、倉岡勇が〝開発〟で事業部長から下ろされたと聞いたのは、それから間もなくのことであった。当然のこととして、川渡中央駅のピアノ撤廃案も白紙に戻ることとなった。

 児玉は早速そのことを水森羊子に伝えたが、ジャーナリストの彼女はその情報をいち早くキャッチしていた。

「堂之前の話によると、倉岡の父親が直々《じきじき》にやって来て大貫社長に頼んだとか……」

「ええ。……ウラ情報によると、財界の圧力が掛かったみたいです」

「確かに政治家は財界に逆らえないところがありますからね。でも、どうしてこのような一地方都市の市政に財界が絡んで来たのでしょうね……」

「それが、財界に口添えしたのが、かなりの大物フィクサーで、……タケモト機関ではないかという噂もあります」

「タケモト機関って、あの都市伝説の? まさか……」

「とにかく、一件落着ですね。あのピアノは守られたわけですし」

 水森がそういうと、児玉は少し考え込んだ。

「確かにそうですが、本当にこれで良かったのでしょうか?」

「どういうことですか?」

「倉岡は父親に説き伏せられて、無理矢理意思をねじ曲げられたわけです。あの無駄にプライドの高い男がその屈辱に耐えられるでしょうか?」

 水森には児玉が何を懸念しているのか、具体的にはわからなかった。しかし彼女自身、漠然とした不安は感じていた。


      †


 ギリギリギリギリ……


 金属が路面を擦る不快な音。道ゆく人々は一瞬チラッと見るが、男の異様な姿に思わず目を背ける。高級スーツに似合わない、泥酔した赤ら顔。そして右手に持った金属バットを引きりながら、倉岡勇は駅へと歩いて行く。そして、ピアノの前まで来ると、人目もはばからず大声で叫んだ。

「なにがベートーヴェンや、なにが不滅の恋人や! おまえのせいでなあ、わいの人生ムチャクチャやあっ!」

 倉岡は持っていた金属バットを高々と上げた。そして、ピアノに向かって真っすぐ振り下ろした。

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