表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ピアノのある終着駅  作者: 東空 塔
第六章 ピアノの危機
71/76

エミリー・フナヤマ(えみりー・ふなやま)

 アメリカ・カリフォルニア州の裁判所において、ジョナサン・フォード元捜査官の裁判が執り行われていた。被害者の娘エミリー・フナヤマは証人として召喚しょうかんされていた。

「ミス・フナヤマ、あなたは……」

 被告代理人スコット・マッケンジーによる反対尋問が始まった。「ご家族を射殺した犯人がフォード氏の部下カーネル・ミランであると『断定』したとおっしゃいましたが、両者が左利きであること、ミランから硝煙臭がした、たったそれだけの状況証拠では根拠に乏しいのではありませんか?」

 証人台のエミリーは全く表情を変えずにこたえた。

「マッケンジーさんの質問内容に誤りがありましたので訂正します。私は犯人を〝断定した(concluded)〟とは言っていません。それを〝確信している(convinced)〟と申し上げたのです」

 するとマッケンジーは皮肉な冷笑を浮かべた。

「失礼、私の聞き間違いでしたか。何しろ、日本訛りの英語には慣れていないもので……」

 ちなみにエミリーの話し言葉は純然たるアメリカ英語で、外国訛りはない。アーチボールド検事は、すかさず異議を唱えた。

「今の発言は、人種差別的な暴言であり、証人をいたずらに侮辱し、人としての尊厳を蹂躙するものです。法廷での発言としては不謹慎です」

 裁判長は「異議を認めます。被告代理人は言葉遣いに気をつけるように」と勧告した。それを受けたマッケンジー弁護士は〝やれやれ〟というように肩をすくめてみせた。

 マッケンジー弁護士が指摘するまでもなく、エミリーの証言そのものはカーネル・ミランを正犯とするには根拠に乏しかった。しかし検察側は既に確たる証拠を押さえており、あえてエミリーを召喚しょうかんしたのは、彼女の証言が陪審員の心証を大きく左右する、重要な布石となるためである。

 そのことをあらかじめ聞かされていたので、エミリーは被告代理人からどのような攻撃を受けようとも、あまり動じる事はなかった。それでも裁判が終わると、張り詰めていた気持ちが解けて、一気に疲労が襲ってきた。

(……疲れた。でも、これで大きな役目は果たせた。もうすぐ自由になって……カイさんにも会いに行ける!)

 エミリーはスマホを取り出し、動画サイトを開いた。カイの歌を聞くためである。エミリーにとって、彼のメッセージのこもった歌を聞くことが、ずっと心の支えになっていた。

 ところが配信されたばかりのその動画は、いつもと様子が違っていたのでエミリーは目を見張った。カイがピアノを背にしてプロパガンダをしていたのである。

「いつもオレの動画を見てくれてありがとうございます。今日はみんなにお願いしたことがあって、この動画をアップしました。実は、ここに写っているピアノがもうすぐ撤去されるそうです。このピアノ俺にとってとっても大切なもので、なんとしても残したいと思っています。もし俺の気持ちに賛同してくれたら、URLをクリックしてどうか署名して下さい。よろしくお願いします」

 カイはそういって頭を下げていた。エミリーは口に手を当ててそれを見ていた。

(あのピアノが撤去されるですって!? 何とかならないのかしら?)

 そう思っているところに、マサト・タケモトがやって来た。

「エミリーさん、とても素晴らしい証言じゃったよ。あれで陪審員の心は掴んだも同然じゃ」

「お役に立てたのであれば嬉しいです」

 といったところでエミリーはあることをはたと思いついた。「その代わりと言ってはなんですが……タケモトさんに少しお願いしたいことがございます」

「はて、あなたがお願いとは?」

「ええ、……タケモト機関のお力が必要なのです」

 タケモト機関の名前をエミリーが口にした途端、タケモトの顔つきが厳しくなった。そうしてしばらく沈黙の睨み合いが続いて後、タケモトが根負けしたかのように口を開いた。

「……何をして欲しいのか、話してみなさい」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ