エミリー・フナヤマ(えみりー・ふなやま)
アメリカ・カリフォルニア州の裁判所において、ジョナサン・フォード元捜査官の裁判が執り行われていた。被害者の娘エミリー・フナヤマは証人として召喚されていた。
「ミス・フナヤマ、あなたは……」
被告代理人スコット・マッケンジーによる反対尋問が始まった。「ご家族を射殺した犯人がフォード氏の部下カーネル・ミランであると『断定』したとおっしゃいましたが、両者が左利きであること、ミランから硝煙臭がした、たったそれだけの状況証拠では根拠に乏しいのではありませんか?」
証人台のエミリーは全く表情を変えずにこたえた。
「マッケンジーさんの質問内容に誤りがありましたので訂正します。私は犯人を〝断定した〟とは言っていません。それを〝確信している〟と申し上げたのです」
するとマッケンジーは皮肉な冷笑を浮かべた。
「失礼、私の聞き間違いでしたか。何しろ、日本訛りの英語には慣れていないもので……」
ちなみにエミリーの話し言葉は純然たるアメリカ英語で、外国訛りはない。アーチボールド検事は、すかさず異議を唱えた。
「今の発言は、人種差別的な暴言であり、証人をいたずらに侮辱し、人としての尊厳を蹂躙するものです。法廷での発言としては不謹慎です」
裁判長は「異議を認めます。被告代理人は言葉遣いに気をつけるように」と勧告した。それを受けたマッケンジー弁護士は〝やれやれ〟というように肩をすくめてみせた。
マッケンジー弁護士が指摘するまでもなく、エミリーの証言そのものはカーネル・ミランを正犯とするには根拠に乏しかった。しかし検察側は既に確たる証拠を押さえており、あえてエミリーを召喚したのは、彼女の証言が陪審員の心証を大きく左右する、重要な布石となるためである。
そのことをあらかじめ聞かされていたので、エミリーは被告代理人からどのような攻撃を受けようとも、あまり動じる事はなかった。それでも裁判が終わると、張り詰めていた気持ちが解けて、一気に疲労が襲ってきた。
(……疲れた。でも、これで大きな役目は果たせた。もうすぐ自由になって……カイさんにも会いに行ける!)
エミリーはスマホを取り出し、動画サイトを開いた。カイの歌を聞くためである。エミリーにとって、彼のメッセージのこもった歌を聞くことが、ずっと心の支えになっていた。
ところが配信されたばかりのその動画は、いつもと様子が違っていたのでエミリーは目を見張った。カイがピアノを背にしてプロパガンダをしていたのである。
「いつもオレの動画を見てくれてありがとうございます。今日はみんなにお願いしたことがあって、この動画をアップしました。実は、ここに写っているピアノがもうすぐ撤去されるそうです。このピアノ俺にとってとっても大切なもので、なんとしても残したいと思っています。もし俺の気持ちに賛同してくれたら、URLをクリックしてどうか署名して下さい。よろしくお願いします」
カイはそういって頭を下げていた。エミリーは口に手を当ててそれを見ていた。
(あのピアノが撤去されるですって!? 何とかならないのかしら?)
そう思っているところに、マサト・タケモトがやって来た。
「エミリーさん、とても素晴らしい証言じゃったよ。あれで陪審員の心は掴んだも同然じゃ」
「お役に立てたのであれば嬉しいです」
といったところでエミリーはあることをはたと思いついた。「その代わりと言ってはなんですが……タケモトさんに少しお願いしたいことがございます」
「はて、あなたがお願いとは?」
「ええ、……タケモト機関のお力が必要なのです」
タケモト機関の名前をエミリーが口にした途端、タケモトの顔つきが厳しくなった。そうしてしばらく沈黙の睨み合いが続いて後、タケモトが根負けしたかのように口を開いた。
「……何をして欲しいのか、話してみなさい」