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ピアノのある終着駅  作者: 東空 塔
第六章 ピアノの危機
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水森羊子 vs 倉岡勇

 水森が児玉からその知らせを受けたのは、必要数の署名が集まってから数日後の事だった。

「ピアノ存続の議案が取り下げられたですって!?」

「ええ、議題がまとまる前に〝開発〟から横槍が入りましてね……どうも我々の動きを察した輩が倉岡の耳に入れたようなんですよ」

「つまり、倉岡のスパイがそちらに紛れこんでいると……」

「お恥ずかしながらそのようなのです。堂之前からは『犯人探しはするな』と釘を刺されていますので、泳がせておこうとは思いますが、私もしばらくは目立ったことができません……」

「でも、倉岡はあくまで民間人でしょう。市政に対して、そんな簡単に口を挟めるものなのですか?」

「逆に倉岡はこう言うのですよ。駅の設備をどうするかは運営会社の勝手だ、行政が口を挟む問題ではないと。……彼の父親が国会議員ということもあって、ああ強く出られると、ウチの人間はつい及び腰になってしまうみたいです」

「なんて勝手な人……」

 スパイまで送り込んで……こうなったら目には目、歯には歯。自分も敵の懐に潜り込もうと水森は思った。


      †


 夕方、水森はあのカクテルバーに足を運んだ。店に入ると、案の定、倉岡がお気に入りのカクテルをたしなんでいる。

「こんにちは、またご一緒してもいいですか?」

「ああ水森さん、あなたにはまた会える気がしていましたよ」

「またそんなことおっしゃって……」

 良い感じだ、と水森は思った。うまくいけば形成を有利にできるかもしれない。水森もまた、あのカクテルを注文した。

「では、僕たちの再会に……乾杯!」

「乾杯!」

 水森と倉岡はたわいもない会話を繰り返した。倉岡は酒も入りよくしゃべったが、肝心の話題には触れなかった。水森がもどかしがっていると、倉岡が「ちょっと場所を変えませんか?」と提案した。その意図ははかりかねたが、水森は承諾した。


 ところが、倉岡に連れて来られたのは、いわゆるおしゃれ系居酒屋の、カップル用個室だった。つまり、あからさまな行為はご法度であるが、カップルが人目をはばからずにイチャつくにはもってこいの場所である。男が女をこんなところに連れてくる理由はひとつしかない。水森の脳裏に羽越喜一の顔が浮かぶ。恋人宣言したわけではないが、彼を裏切るようなことはしたくない。

「どうかしましたか?」

「あ、いえ。でもなんかカップルが来るところみたいでちょっと……」

 すると倉岡は腕組みしていった。

「水森さん。……あなた、何をたくらんでいるんですか?」

「え?」

「だってそうでしょう。こんなところに、躊躇ためらいもしないでついてくるなんて、何か目的があってのことじゃないですか」

(いや、結構躊躇(ためら)ってますけど……)

 と心の中で反論すると、倉岡がバッグから一冊の週刊誌を取り出した。

「この記事、読ませていただきましたよ」

 それは水森が羽越喜一と児玉啓介について書いた記事であった。「あなたはこの児玉啓介と結託して、川渡中央駅のピアノ廃止を阻止しようと画策しているそうですね。それでこうして僕と会って……何かボロを出すのを手ぐすね引いて待っているわけですか」

 倉岡の挑戦的な物言いに、水森も開き直った。

「ええ、おっしゃる通りです。そもそもピアノの廃止はあなたの失恋の腹いせじゃないですか。そんな個人的な憂さ晴らしを、父親の七光りまで利用してゴリ押しするなんて、男として恥ずかしくないんですか!?」

「あなただって……もし羽越さんから三行半(みくだりはん)を渡されたら、ピアノを嫌いにならないと言い切れますか?」

「それは……」

 いきなり羽越の名前を出されて、水森は言葉につまった。そこにつけ込むように倉岡は畳みかけた。

「それに……あのピアノ、いろいろな連中からイタズラされてボロボロになって、景観を損ねているのは事実です。実際、羽越さんはそれで余分に修理代を請求したそうですよ。その他にもガラの悪い人間がたむろして治安悪化を危惧する声も届いています。そうやってトータルで考えると、あのピアノは撤収した方が良いと判断せざるを得ないのです」

 倉岡はそういうと、食事代を残して先に帰ってしまった。

(失敗しちゃった。私の負けね……)

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