表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ピアノのある終着駅  作者: 東空 塔
第六章 ピアノの危機
68/76

水森羊子/梶坂貴司

 カクテルバーを出た水森は、右手の中指をじっと見た。倉岡は僅かにペンだこがあるといったが、言われなければ本人も気がつかない程度だ。

 そして手帳とペンを取り出し、「酔って妄想」「元カノ」「略奪愛」「ベートーヴェン」と書いていった。略奪愛の恋敵が、第九や運命を作曲したベートーヴェン……普通に考えれば有り得ない。ベートーヴェンとは何らかの隠喩メタファーで、現代に生きる男性に違いないと水森は思った。

 スラムダンクという漫画では、主人公が、バスケ部の男子に恋する少女にフラれ、バスケットボールを恨むところから物語が始まる。動機としてはいささか幼稚ではあるが、倉岡が同じ理由でピアノに恨みを抱いている可能性は否めない。つまり、倉岡のいう〝ベートーヴェン〟とはピアノ関係者かもしれない……と思ったところで、羽越喜一もピアノ関係者であることを思い出した。ちょうど彼とはスカイプをする約束をしていたので、その時に訊いてみた。

「……というわけで、ベートーヴェンという異名を持つ、ピアノ関係者に心当たりない?」

「大勢いすぎて絞り込めないよ。キダ・タローにちなんで〝浪花のベートーヴェン〟を名乗る人なんか、ゴマンといるしね」

「そうか……喜一さんの同業者ではいないの?」

「有名どころではいないなあ。個人レベルとなると、広範囲すぎてもはや検索不能……」

「だよね……」

「なんだか役に立てなくてごめんね。僕に出来ることがあったら何でも言ってね!」

「ありがとう……またね」

 羽越は力になろうと懸命だ。しかし海外にいる彼にはあまり出来ることがない。スカイプを終えた水森は、手帳のメモ書きをただ眺め続けた。


      †


 梶坂貴司は焦っていた。署名集めの状況が芳しくないのだ。

「中川、サークルのメンバーだけど、もう少しプッシュできないか」

「無茶いうなよ。彼らも精一杯やってるんだ。これ以上プレッシャー与えたら逆効果だぞ」

 梶坂としても、ボランティアの彼らにあまり無理は言えない。とはいえ、児玉啓介が度々進捗状況を尋ねてくるし、百瀬結奈があれこれ言ってくるのもストレスとなっていた。

「まだ目標の半分も達成していないじゃない! これじゃ、あのピアノ撤去されちゃうよ?」

「わかってるさ。だけど社会連携サークルのメンバーも精一杯やってるんだ」

「社会連携サークル以外にも間口を広げればいいじゃない。なんかまだやり残していることがある気がするけど」

「もう手は尽くしてるさ。君こそ、もっとやれることがあるんじゃないの?」

「はあ? 受験生にこれ以上何をしろというの? 落ちたら貴司さん、責任取れるの?」

 このように二人の会話もギスギスしたものとなり、梶坂のストレスが増し加わる。それが結奈への態度にも表れるという、悪循環に陥っていた。

(ああ、めんどくせえ!)

 いっそのこと、さっさと駅からピアノを撤去してしまえばいいのに、という考えが頭をよぎるが、それを打ち消すように首を振る。そう考えてしまったら負けだと梶坂は思ったのだ。


 梶坂は原点に立ち帰ろうと思って、川渡中央駅に立ち寄った。くだんのピアノのところでは若い男が弾き語りをしていた。それは梶坂の知っている顔──田村カイ。APIS(エイピス)の元ボーカルで、突然姿を消した恋人に向けて、ラブソングをネット上に流して話題となった男だ。最近動画の再生数が急上昇し、地元では知る人ぞ知る存在となっている。

 梶坂はふとあることを思いついて、カイに近づいていった。

「君、……田村カイ君だよね」

「そうだけど、オレに何か用?」

「ちょっと頼みたいことがあるんだ」

「頼み?」

 カイはペットボトルの水をごくごく飲み始め、一定量飲んだところでプハッと息を吐いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ