表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ピアノのある終着駅  作者: 東空 塔
第六章 ピアノの危機
66/76

梶坂貴司(かじさか・たかし)

 梶坂貴司が大学内のカフェであまり好みではない味のコーヒーを啜っていると、腹の出た中年男のような学生が手を上げて近づいてきた。

「よお、梶坂!」

「おお中川、悪いな、呼び出して」

「いやいや、あれほど嫌がっていたのに、急に引き受けてくれたんでビックリだよ」

 彼の名は中川尚人。文明大学社会連携サークルの部長である。サークルでは地域連携でYOSAKOIグループを作ることになったのだが、そのオリジナル曲の作曲を梶坂に頼んでいたのだ。

「曲なら出来てるよ、ほら」

「うそだろ、もう出来たのか?」

 梶坂はスマホで自作の音源を再生した。中川は聞きながらそのクォリティの高さに驚嘆した。

 YOSAKOIに使う曲は、高知県民謡のよさこい節や北海道のソーラン節などをベースに、オリジナルのメロディーを織り込みながら、日本の伝統音楽とビートの効いたダンスミュージックを融合させて作る。梶坂が今まで断ってきたのは、そういった音楽的方向性が自分には不向きだと思っていたからだ。

「うわ、これすげえよ!」

「歌はとりあえずボカロにやらせてるけど、サークルで使うまでには生で歌う子探しておくよ」

「ありがとう、早速みんなに聴かせてみるよ」

 といって去ろうとする中川を、梶坂は「ちょっと待て」と引き止めた。

「ん? まだ何かあるのか?」

「……曲を渡すには条件がある」

 すると、中川は少し落胆した顔を見せた。

「やっぱりな。タダでお前が動くとは思ってなかったぜ」

「条件といっても、大したことじゃない。社会連携サークルで署名を集めて欲しいんだ」

「おいおい、思いっきり大したことじゃないかよ! ……で、なんの署名集めんの?」

「川渡中央駅にピアノが置いてあるだろ。市があれを廃止する動きになっているらしい。その反対署名を集めてくれ。それが曲を渡す条件だ」

「……おまえさ、それ最近できた女子高生の彼女に頼まれただろ?」

 とたんに梶坂の顔が赤くなった。

「図星かよ。おまえさ、いつも付き合う前は俺様風吹かせるくせに、付き合い出すと途端に尻に敷かれるよな。今回もそのパターンか」

「うるせーよ」

 中川はしばらく梶坂の反応を楽しんでいたが、やがて真面目な顔になっていった。

「……にしてもだ、市の条例改廃を提言するには市内に住む有権者の50分の1の署名を集める必要がある。たしか川渡市の有権者数は101126人。だから計算すると2023人分の署名を集めなければならないわけか。結構大変だな」

「そこを何とか頼む。もちろん俺は俺で集めるから」

「わかった。それがYOSAKOIの新曲をもらえる条件だっていえば、みんな本気で集めるだろう」

「サンキュー、よろしくな」


      †


 大学を出た梶坂は川渡中央駅に出向いた。〝彼女〟の演奏を聴くためである。駅につくと、すでに結奈は演奏の真っ最中だった。舞子と留美はウットリと耳を傾けている。曲はプロコフィエフのトッカータ。怒涛のように押し寄せる、調性と無調性の入り混じった音の群れ。わが恋人ながらよくこんなの弾きこなすなあと梶坂は感心する。弾き終わると、結奈は梶坂を横目で睨んだ。

「遅いっ! 待ちきれずに弾いてたわよ!」

「ごめんごめん、話が長引いてな……あ、演奏良かったよ」

 結奈は疑いの目を向けていう。

「本当ぉ? 前みたいにちゃんと厳しく批判してよお」

「……そんなことしたらまたぶっ飛ばされるだろ」

 梶坂がそういうと、留美が冷やかしはじめた。

「本当にタカシさん、やさしくなっちゃったね。やっぱり愛情かしら?」

「ちょっと留美〜、からかわないでよ!」

 結奈も梶坂も顔が真っ赤になる。梶坂は照れ隠しするように結奈に報告した。

「そうだ、大学の社会連携サークルの方で署名運動やってもらえることになったよ。目標は2000件以上。向こうだけじゃ大変だから、俺たちでも集める必要がある」

「わかったわ。お父さんやお母さんの生徒さんたちも入れれば多少は増えるかも」

 こうして梶坂たちの署名運動は始まった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ