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ピアノのある終着駅  作者: 東空 塔
第六章 ピアノの危機
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児玉啓介(こだま・けいすけ)

「堂之前先生、ちょっとお話が……」

 児玉がいうと、堂之前がほくそ笑んだ。

「ピアノの件かい、君と水森さんの話が聞こえていたよ。気の毒だが、駅の施設の事は〝開発〟が決めることで、我々議員が安易に口を挟める領域じゃないんだよ」

 〝開発〟とは港堤県都市開発株式会社のことで、県とJRそして民間企業の共同出資で運営される第三セクターである。川渡高速鉄道もその事業の一端であり、したがって駅施設も〝開発〟の管理下にある。

「でも、議会は民衆を代表しているわけでしょう。市民の意見を市政に反映させるのが我々の義務です」

「いつになく意見を押し通すじゃないか。そこまで言うならできる範囲のことはしてみよう。手始めに署名を集めておきなさい」

「ありがとうございます。ちなみに〝開発〟の誰がピアノ廃止を主張しているのかご存じですか?」

「開発事業部長の倉岡と言う男だ。出資元の建設会社から〝開発〟に出向になった男で、功績を認められようと躍起やっきになっているらしい」

「なるほどですね……」

 児玉は堂之前から離れると、水森に連絡した。

「堂之前に話しました。駅の施設については、〝開発〟が鍵を握っているようです。その中でピアノの廃止を推し進めようとしているのは、開発事業部長の倉岡という男らしいんですが、……水森さん、この人物のことを調べることはできますか?」

「わかりました。倉岡と言う人物のこと、調べてみますね」

 倉岡については水森に任せるとして、まずは署名のオーガナイズをしなければならない。ある程度スタッフが必要となるが、人件費を捻出するような余裕はない。どうしてもボランティアを募る必要があった。

 そうなると、やはりあの駅のピアノに愛着を持っている人がいい。児玉は駅に出かけてみて、めぼしい人材を探すことにした。


 駅構内のピアノの置かれている一画。ここはかつて児玉が物乞いをしていた場所であった。あの時ここで羽越という調律師に出会っていなければ、冤罪を晴らすことができずに、今頃は獄中生活に甘んじていたかもしれない。そう考えると、このピアノはなんとしても死守しなければならないと児玉は思った。

 ピアノの周りには、3人の女子高生が集まっていた。何やら黄色い声を立ててはしゃいでいたが、やがて静かになったと思うと、そのうちの1人がピアノ弾き始めた。

 それを聴いて児玉は驚いた。彼女はピアノが上手だった。いや、上手と言っては失礼になるほど、ほとんどプロ級の素晴らしい演奏だった。彼女が一曲弾き終わると、2人の友人たちは力強い拍手とともに称賛の言葉を投げかけた。

「結奈のショパン最高!」

「ホント、磨きがかかったわね! もう間違っても〝ウンコシッコ〟なんて言えないわ!」

 すると結奈と呼ばれた少女は不敵な笑みを浮かべて答える。

「ふふふ、そんなこと言ったらぶっ飛ばしてやるわよ。いまや、あいつは私の尻の下なんだから……」

 そんなたわいもない会話をしている彼女たちに、児玉は拍手しながら近づいていった。

「すばらしい演奏でした。もしかしてピアニストを目指しているんですか?」

 すると結奈は少しはにかんでこたえた。

「ありがとうございます。ピアニストになれるかどうかわかりませんけれども、音大受けようと思っています」

「そうですか、頑張って下さい。ところで私、堂之前議員の秘書をしている児玉と申しますが、みなさんにお話ししたいことがありまして……」

 児玉は彼女たちに、ピアノ廃止の話が持ち上がっていること、そしてそのために署名を集めてくれるボランティアを探していることを話した。それを聞いた結奈は、沈痛な面持ちで話した。

「私にとってもこのピアノは大切で、何とかしたい気持ちはあるんですけど……私も受験を控えていてなかなかボランティアまでは……」

 すると結奈の友人がいった。

「ねえ、タカシさんにやってもらえば? そういうの、得意そうじゃない?」

「そうね。……児玉さん、私の彼氏がもしかしたらボランティア出来るかもしれません。ちょっと頼んでみましょうか?」

「それはありがたい。是非ともよろしくお願いします」


 そしてその日の夕方、結奈の彼氏である梶坂貴司(かじさかたかし)が、署名のボランティアをしたいと児玉に申し出てきた。

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