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ピアノのある終着駅  作者: 東空 塔
第一章 羽越喜一(うえつ・きいち)
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絵に描いた餅がまずいことはない

 システムがビジー状態なのか、メールはなかなか開かなかった。ほんの数分のことなのだろうが、僕には気の遠くなるほど長い時間待たされているように思えた。おおむね、こういう時に浮かんでくるのは最悪の想像だ。良い返事が来ている気が全くせず、一秒一秒不安が募る。と、その時画面いっぱいにメールの文面が広がった。


 羽越喜一様

 ご連絡ありがとうございます。昨日、羽越さんのことを市崎さんからお聞きしておりました。彼女はあまり他人を褒めることはないのですが、羽越さんのことを絶賛しておりました。瀕死のピアノを見事に再生されたそうですね。

 マイスターのRheinhardt Wassermannに羽越さんのことを話したところ、とても興味を抱いておりました。私は三ヶ月後にここを辞めて日本へ向かいますが、Rheinhardtはそれまでの間に、一度羽越さんをPraktikant、すなわち研修生として迎え、適性を確かめた上で採用したいそうです。もし羽越さんのご都合がつけば、私の方で手配させていただきますので、どうぞ宜しくご検討下さい。

 坂本大輔


 僕は身震いがした。夢を見るのは良い、とは言っても、絵に描いた餅を見るだけなら気楽だ。だが、いざ現実になろうという時、とてつもない緊張感が生じ、時には尻込みする。

 そして事の進退を自分一人で決めるには、僕はまだ若すぎた。誰かに相談しなければ、でも誰に?

 その時思い浮かんだのは、やはりホームレスのケイスケさんだった。そもそも僕が現状から抜け出して前に進もうと思ったキッカケを作ってくれたのはケイスケさんに他ならなかったからである。


      †


 僕は仕事の合間に川渡中央駅に赴いた。だが、ケイスケさんの姿は見当たらない。もっともケイスケさんだっていつも同じ場所に居座っているわけではなく、たとえいなかったとしてもさして不思議なことではないが、なぜか気になってしまう。

 ちょっとした気まぐれで僕は駅長室に立ち寄ってみた。この前料金のことで揉めた時とは打って変わったように紫原むらさきばる駅長はにこやかに対応した。

「あの貴婦人もどきさんがまた来ましてね……とても感謝してましたよ。ピアノがとても良くなったって。私もネットで中傷されずに済みました」

「それは良かったです……ところで、最近ピアノのあたりで寝そべっていたホームレスのおじさん、今日いないみたいなんですけど、見ませんでしたか?」

「ホームレスですか、いやあ、あまり注意を払って見ていないのでわかりませんね」

「見かけによらず紳士的で腰の低い人なんですけど、覚えはありませんか?」

「ホームレスとまともに話したことがないもんで……正直なところ、迷惑してるんですよ。利用者の方々からも再三苦情が来てましてね、でも無理矢理追い出そうとすると、人権だなんだって、その手の団体がうるさいですからね……」


 これ以上紫原駅長と話しても埒があかないと思い、駅長室を出た。ケイスケさん、どこへ行ったのだろう。それにしても、僕にはこういう時に相談相手となる人がいないものだと気がついた。友人関係、人脈共に気薄だ。愛すべき伴侶なんてものもいないし、家族に話したら反対されるに決まっている。

 腹を括って一人で決断するしかないか、と思うが、若さに任せて突っ走るにもキッカケは必要。どうしたものだろう。

 そんな悶々とした思いを抱きながら街を歩いていると、ふと街頭ビジョンが目に留まった。そして、そのニュース報道を見て僕は思わず「ええっ!?」と声を上げてしまった。


──○月△日、関東勧業銀行川渡支店の小池哲夫副支店長が歩道橋から転落し死亡した事件に関連して、警察は川渡市内で路上生活をしている男性・児玉啓介(こだまけいすけ)を小池氏殺害の容疑で逮捕しました──

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