疲れ果てた僕、あの人の幻を
それから毎晩、僕はhallelujah-naoさんとメッセージを交わすようになった。毎回10分足らずの会話であったが、僕は少しずつ彼女について知った。ちなみに今わかっていることといえば……
・女性であること
・教会附属の保育園で働いていること
・ツムツムにハマっていること
・コーヒー党で、ブラック派
・お酒は飲めない
・スイーツは何でも好き
・ディズニーランドには年数回訪れる
・歌うことが好き
こうして並べてみると、マリアさまのイメージには合致するものの、確証と呼べるものはまだ掴んでいない。にもかかわらず、僕の心の中ではhallelujah-naoさんとマリアさまは、渾然一体となって人格を形成していた。そして……
彼女のことを考えているだけで僕は幸せな気持ちになった。離婚問題、仕事上のトラブル、わけのわからない組織との遭遇……そんな気の滅入る状況の中で、彼女の存在だけが僕のオアシスだった。
……って、まさか恋?
いやいや、40過ぎのオッサンが、うら若き乙女に恋なんて……でも、顔を思い浮かべただけでオートマチックに起こる胸の高鳴りは何なのだろう。
……などとまるで思春期の少年のようなことを考えていると、当のhallelujah-naoさんからメッセージが届いたので、おもわず居住まいを正した。
[そういえば草野さん、無宗教とおっしゃっていましたけども、このグループにいるということは、教会へ来たことがあるのですか?]
ある。だけど僕はどう答えようか迷った。あまり詳しく話すと、深い内容に触れなくてはならない。
[はい、ちょっといろいろあって悩んでいるときに、一度だけ教会にお邪魔しました]
[そうでしたか、教会に来てお悩みは解決しましたか?]
うーん、つっこんでくるなあ。もうこうなったら洗いざらい話してしまうと思い、妻が出ていってからのことを全て書きこんだ。しばらくして返事がきた。
[そんなに辛い経験をされていたなんて、気安くお聞きしてしまってすみません]
[いえいえ、聞いてもらえて、少し気が楽になりました。……あと、もしよろしければ、女性としてのご意見もお聞かせ願えませんか?]
[意見ですか……私は結婚していませんし、奥さまの状況をよく知らないので何とも言えませんが……]
[それはそうですよね。すみません、変なことを聞いて]
[でも……何となくですけど、奥さまは何か気づいて欲しいことがあるのではないか、という気がします]
[妻が僕に気づいて欲しいこと、ですか]
少し考えてみた。思い当たることがない。
[実は私、以前に少しだけ男の人とお付き合いしたことがあるんです]
[そうだったんですか]
昔、彼女に彼氏がいたことは、少しショックだった。そんな僕の思いをよそに、彼女は入力を進める。
[でもある時、私の軽はずみな言葉に彼が傷ついてしまったんです。私はそれが本意でないことに気づいてほしくて、なぜか攻撃的な態度に出てしまいました。もがけばもがくほど溝が深まってしまって、結局別れてしまったんです]
[それはさぞ辛かったでしょうね]
よくある話だ……と言うのは失礼だと思ってやめた。彼女の述懐は続く。
[もちろん私が悪かったんですけど、……もしあの時彼が誤解を解いてくれたら、なんて都合のいいこと、今てつなべさんのお話を聞いて思ったんです]
[ありがとう。それを聞いて希望が持てるような気がしました]
実際のところ、希望が持てたかどうかは微妙である。しかし、彼女とのLINEでの対話は、打ち拉がれ冷え切った僕の心を優しく温めてくれた。