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ピアノのある終着駅  作者: 東空 塔
第五章 草野哲平(くさの・てっぺい)
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どれほど経験を積んでも、クレーム対応は消耗する

「疲れた……」

 仕事から帰ってきた僕は、アルティメット☆まどかのフィギュアが待つ奥の間に駆けつけ、ソファーに倒れ込んだ。


 城之崎オートからのクレームはこのようなものであった。僕がサンプルとして提供したマットを試用したところ、入口付近の汚れがひどくなった。従来品を使っていれば問題なかったのに、この汚れはどうしてくれるんだ、という話。その指摘された汚れは、どう見てもマット貸し出し以前からあった古いものだ。しかし証拠もないので黙って頭を下げて怒鳴られ続けた。結局、清掃事業部からクリーニングスタッフを派遣し、無料で汚れた部分を清掃するという話で鞘を納めてもらった。

 もちろん、クリーニングスタッフはタダ働きするわけではない。マットリース事業部から清掃事業部に報酬を振り替えるわけである。そのことで、帰社後も上司からまたどやされた。会社を出る頃には心身ともに疲れ果ててしまった。


 しばらく横になっていると、徐々に体力が回復してきたように思えた。それでスマホを取り、ツムツムを立ち上げた。

 すると〝キモタク〟なき今、ランキングのトップを〝hallelujah-nao〟さんがぶっちぎりで走り続けていた。相当やり込んでいるのだろう、かなりのスコアアップだった。さすがに今の僕には太刀打ちできない。そう思って彼女にギブアップメッセージを送った。

[hallelujah-naoさん、すごいレベルアップですね! 僕は今、少しぺしゃんこになっていますので、回復したらまた挑戦しますね!(うなだれる金髪男のスタンプ)]

 適当に受け流されると思っていたが、hallelujah-naoさんは意外に早くレスポンスしてくれた。

[まあ、ぺしゃんこになっているとのことですが、何かあったのですか?]

 僕は迷った。仕事の悩みなど打ち明けて良いものだろうか。でも、心の底の甘えたい気持ちがだんだんうごめいてきて、堪えきれなくなった。それで、仕事のトラブルのことを書いてしまった。

[……というわけでした。すみません、長々とこんな話]

 送信してからしばらく時間が流れた。さすがに引いたかな、と思ったら彼女が返信してきた。

「それはさぞ、お辛かったでしょうね。てつなべさんが癒されるようにお祈りします(おいのりスタンプ)]

 うわあ、やっぱりマリアさまだ。お祈りしてくれるなんて、なんと優しいメッセージ……。

[ありがとうございます。なんだかもう癒された気がします]

[そう言っていただけて嬉しいです。実は、私も同じだったんです]

[同じ?]

[私も仕事で嫌なことがあって、ツムツムで発散させてたんです]

[そうだったんですか……僕ばかり話してすみませんでした。hallelujah-naoさんのお話、是非聞かせて下さい!」

[でも、てつなべさんのご苦労に比べたら大したことないんですけど……]

 と前置きがあって、hallelujah-naoさんは仕事のことを書き始めた。

 hallelujah-naoさんは教会附属の保育園に勤めているが、毎年クリスマスには園児の保護者たちがお金を集めて先生にプレゼントする習わしがあるという。今年もそうやって保護者代表がお金を集めていたのだが、ある一人の母親が「今年の募金額は高い」と不満をこぼした。すると他の何人かの保護者も同調して募金額の高いことを訴え始めた。それで保護者会は二派に別れて互いに罵倒し合う事態になった。本来プレゼントは〝サプライズ〟なので職員はタッチしない領域なのだが、職員たちもさすがに事態を重く受けとめ、保護者代表派と話し合って今年はプレゼントの贈呈はなしにするという決定を下した。集めたお金は返却し、事態は丸く収まったかのように見えたが、未だに保護者会の中からわだかまりが拭い去れないという。

[なんだか、私たちへのプレゼントのことでこんなことになって、すごく悲しい気持ちになってしまったんです……(泣いているウサギのスタンプ)]

[それは本当に辛いですね。でもそのことで悲しむhallelujah-naoさんにやさしさを感じます。僕は無宗教なのでお祈りはできませんけど、事態がよくなっていくことを願います]

[ありがとうございます(スマイルのスタンプ)]

 マリアさまでもこんな悩みを持つことがあるんだなぁと思いつつ、お互いに悩みを持ちかけたことで、僕は彼女により親近感を覚えた。

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