出会い頭
木村の弟の名前は宅也。すなわちフルネームは木村宅也。その名前は、結構なオッサンでありながら未だイケメンで通っている某タレントを彷彿させる。
「それ、よく言われるんですよねェ」
と宅也がいった。もっとも名前から連想されるイメージとは程遠く、メタボリックなだらしない体型をしたブ男だ。木村ともあまり似ていないが、後で確認したところ、血の繋がった兄弟であることは疑いの余地がないらしい。
「ええと、確認しますねェ。別居中の奥サン、草野遙サンが見知らぬ男と会っているところを同僚の方が発見、その真相を暴き出したい、そんなところでよかったですかねェ?」
真面目に仕事はやりそうだけど、どうもクセのある人だ。これでは仕事の依頼もあまりこないだろう。
「はい。できそうですか?」
「他にも抱えてる案件ありますからねェ、これに専念はできませんけどねェ、何とかやってみますよ。連絡はマメにしましょうねェ。LINEやってますか?」
僕が頷くと、宅也はスマホを取り出して〝ふるふる〟をした。連絡先交換がすんだ宅也はスマホを見ていった。
「お、草野サン、ツムツムやってるんですねェ! 今度勝負しましょうねェ」
木村たちと別れ、仕事に戻った僕はじわじわと事実の重みを感じた。……遙が不倫? しかも相手は年齢差のある若者。写真を見ただけでは断言できないが、家族を養えるだけの甲斐性があるようには見えなかった。少なくとも大事な娘を託す気にはなれない。遙もまた、よりによって何でこんな男と? いや、まだ確定したわけではない。やはりキチンと調べてもらってハッキリした方が精神衛生上よさそうだ。
†
仕事を終え、家路をたどる電車から降りたところで、スマホの通知音が鳴った。木村宅也からのLINEのメッセージだった。
[てつなべさんの記録、塗り替えさせていただきました ((_ _ )ペコリ]
一瞬なんのことかと思い、ふと思いたってツムツムのアプリを開いてみると、彼のID〝キモタク〟がランキング一位になっていた。あれからきっと必死でやっていたのだろう。っていうか、他の案件があって忙しいって言ってたんじゃないのか! ツムツムやってるヒマがあったらちゃんと仕事しろよ、と文句のひとつも言いたかったが、ここは大人の対応で素直にほめてやることにした。
[キモタクさん、さっそくメッセージありがとうございます。ツムツムお強いんですね、びっくりしました。僕も負けないように頑張ります]
と、それだけ入力して改札を出ると、すぐに通知音が鳴った。
[それほどでもないですよ(^^) いろいろ裏ワザとか知ってるんで、知りたかったらいつでも聞いてください]
ああ、うざい。他に友達いないのか。っていうか、仕事しろっていうんだ!
と一人スマホを睨みつけていると、向こうから歩いて来た誰かと思い切りぶつかってしまった。
カシャン!
まずい。相手のスマホを落としてしまった。もしかしてタッチパネル割れたかも? 僕は思わず落ちていたスマホを拾い、手に取って確認してみた。するとタッチパネルは破損していなかったが、画面を見て「おや?」と思った。プレイ中ではなかったが、ツムツムのアプリが開かれていたのだ。
そして頭上から、ぶつかった相手の声がした。
「あの……」
僕は立ち上がって相手の顔を見た。そして僕は目を丸くした。僕がぶつかった相手は……
あのマリアさまだったのだ。