命はやっぱり惜しいです。
食事を終えると、カイさんとキヨシさんが町を案内してくれた。貸し出し用の電動キックスケーターに乗って私たちは町に繰り出した。
「わぁ、楽しい!」
楽しかった。ゆっくりと走りながら目の前に広がる景色。もう何カ月もこの町に住んでいたけど、見たことのない風景。キヨシさんがこの町のことをいろいろと話してくれた。もともとは農地だったけど県の開発計画で宅地化されたとか、町の中心には土地の売却に反対した農家の人たちが住む飛地があるとか。そして話が尽きるとキヨシさんが歌い出した。カイさんが作曲した「パラグライド・エンジェル」を。キヨシさんに続いて私も、カイさんも一緒に歌った。
〽︎パラグライド・エンジェル
パラグライド・エンジェル
その後、コンビニに寄ったけど、キヨシさんが用事があるということで、先に帰ってしまった。二人きりになって私はカイさんにいった。
「あの、ピアノ弾きに行きません? 私、カイさんの歌が聴きたいです……」
カイさんはいつになく優しい顔でうなずき、私たちは駅に向かった。
†
駅のピアノのところに行くと、既に誰かがピアノを弾いていた。でも私たちの姿を見ると、親切に譲ってくれた。私はピアノの前に座るカイさんを見ながら歌ってくれるのを待つ。ところが……
「そんなところに立ってないで、コッチ座れよ」
私はそのことばに甘えて、彼の横にヒョッコリ座った。私はピアノが弾けないのに、申し訳ない気持ちでいると、カイさんが〝誰でも弾ける方法〟を教えてくれた。
「ペダルをベタ踏みして、黒鍵だけ適当に弾いてみな。そうしたらそれっぽく聞こえるから」
私はいわれた通りにやってみた。すると不思議なことに、ちゃんとした曲っぽく弾けてしまった。
「すごーい、本当に弾けちゃった! こんな裏技があるなんて!」
「別に裏技でもなんでもねえよ。オレたちミュージシャンもアドリブのソロなんかは同じ原理でやってるんだ」
「へぇー」
ミュージシャンって、そんな風にやってるんだ。私もミュージシャンになったつもりでピアノを鳴らし続けた。その時、カイさんが思いつめた表情で語りかけた。
「あ、あのさ、舞香……」
「えっ?」
なんだろう。ドキドキする。
「その、オレ、舞香のこと、す、す……」
「す?」
まさか、す……き?
「す、すごく楽しかったな、今日」
「はい。楽しかったです!」
なあんだ。でも、本当に楽しかった。
「楽しかった……だから、帰りたくないですね」
そう、私は家を出てきたので帰るところがない。カイさんはそんな私に……
「もしよかったら、……オレんち来ない?」
やったー、まさに渡りに船。
†
「むさ苦しいところだけど、まあ上がって」
カイさんはそういってテレビをつけた。人気の医療ドラマが放映されていた。
「このドラマ、毎回同じような展開なのに、みなさんよく飽きないなって思います。何かそういうところが日本人って不思議です」
するとカイさんが怪訝そうにいった。
「……舞香ってもしかして、日本人ではないとか?」
ギクリ。彼は私の何かを察しているのかもしれない。
「もし、……私が日本人じゃなかったら、カイさんは私のこと、キライになりますか?」
「バカいうな。舞香は舞香だろ。何人とか関係ねえよ」
「うれしい……私、やっぱりカイさんが好き」
ついに言ってしまった。と、思ったその時……
ロン!
テレビの中から声がした。このドラマおきまりの麻雀シーンだった。だが、この台詞は、凶悪組織LONへの恐怖を私の中に呼び起こした。
「どうした、大丈夫か?」
心配そうにカイさんが声をかけてくれたけど、私の脳裏には恐ろしい形相をしたジョナサン・フォードの顔が浮かび上がった。
「い、いやあああああっ‼︎」
私がそう叫ぶと、頭の中のジョナサン・フォードがニヤリと笑った。そして私の意識は徐々に薄れていった。
†
気がつくと、私は走行中の車の中にいた。私はカイさんの家にいたはずでは……まさか、LONの一味に拉致された!? 私はこの時初めてアヤノの元を離れた自分の軽率さに気がついた。
「おや、お目覚めかな?」
助手席から突然声をかけられてビクッとなる私。そして振り向いて見せたその顔は……私の見覚えのある顔だった。
「あなたは……」




