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ピアノのある終着駅  作者: 東空 塔
第四章 エミリー・フナヤマ(えみりー・ふなやま)
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ここじゃ、新聞受けへのポスティングはありえないです。

 私が帰った時には、まだアヤノは戻っていなかった。住民会議とやらが相当長引いているらしい。30分後に彼女が戻ってくると、会議中のおばちゃんたちの発言が的外れだとか、無駄話が多いとか、すぐに関係ない話題にそれるとか、そんな愚痴を延々とこぼし続けていた。私はそれらを聞き流しながら、とりあえず外出がバレなかったことにホッとした。


 ……とその時、アヤノが机の上に置いてあったポケットティッシュの山に目をとめた。

「これ、どうしたの? なぜクリネックス(アメリカではティッシュペーパーのことを、メーカーにかかわらずこう呼ぶ人が多い)がこんなに大量にあるの?」

 私はまずい、外出がバレると思い、とっさにウソをついた。

「あ、これね、なんか新聞受けにいっぱい入ってて……」

「ふうん。チラシ配りの人が横着してたくさん入れたのかしら……」

 そんなわけないでしょ、オートロックのマンションだよ? とツッコミたかったけど、アヤノが私のいうことに何の疑いも持たなかったことに安心した。


      †


 マンション管理をめぐる悶着もんちゃくは折り合いがつかず、翌日もまたアヤノは住民会議に呼び出された。アヤノからは外出せぬよう釘を刺されたが、物理的に存在しない釘などなんの役に立とうか。私はまたマンションを抜け出した。


 私は駅に向かった。もしかしたら、あのお兄さんがまたピアノを弾いて歌ってくれているかもしれない。そんな期待を抱きながら……。

 ところが、駅前の街頭ビジョンを見て、私は唖然とした。

 ジョナサン・フォード捜査官の姿がアップで映っていたのだ。彼は父が射殺された事件について記者会見を行っていたのだ。フォード捜査官がスピーチをしている場面で、「犯人はハロウィンの日に突然舞い込んできた変質者だったとの目撃証言を得ている」と字幕が流れていた。でも、この字幕は少し不正確だった。フォード捜査官は英語で「我々はフナヤマ捜査官の娘であるエミリー・フォードとの会見に成功した。彼女は事件の一部始終を目撃しており、犯人はハロウィンの日に突然舞いこんで来た変質者で、明らかに精神に異常をきたしていたと証言している」と言っていた。

 私は怒りと恐怖で体が震えた。

 ジョナサン・フォードはウソをついている。私はそんなこといっていない。でも、フォードがマスコミの前で虚偽の声明を発表したことは、逆に彼が事件の首謀者であることを物語っている。

 

 私が呆然と立ち尽くしていると、駅の方からピアノの音が聞こえてきた。その音に誘い込まれるように駅舎に入り、ピアノの置いてある場所にいった。

 そこでピアノを弾いていたのは彼、あの歌のお兄さんだ。話しかけたかったが、そうすると彼はまた歌うのをやめてどこかへ行ってしまう。だから私は物陰に隠れて彼の奏でる音を聴くことにした。

 パラッパラッとピアノを鳴らした後、彼は歌い始めた。自作の歌ではなく、スティーヴィー・ワンダーの「I just called to say I love you」だった。なまりの強い英語だったけど……


 なつかしい。


 私が子供の頃、好きだった歌だ。

 ……愛してると言うために、どれほど君を思っているかを伝えるために、僕はただ、そのために電話したんだよ。

 彼が私にそう言ってくれていると勝手に妄想しながら、ウットリして聴いていた。

 でも、歌を通じて子供の頃の情景が浮かんできて、なつかしさと共に悲しい気持ちが浮かんできた。家族と一緒に田舎道を歩いたり、海で泳いだり、ホームパーティーを楽しんだりしたこと……。


 お父さん、お母さん、ケン……!


 私の目から涙がポロポロ流れ出た。どうして、どうして私を置いて逝ってしまったの? あまりの悲しみに私はいたたまれなくなって、駅の外へと駆け出した。

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