正直、この人苦手……
私が〝杉咲舞香〟のパスポートを眺めていると、タケモト氏が私の頭越しに声をかけた。
「入りなさい」
するとふすまが開き、私と同じ年代の女性が「失礼します」といって入ってきた。この茶室には似合わないグレーのスーツ、小顔にショートボブの美人だったが、鷹のように鋭い目つきをしていた。まるで戦場をくぐり抜けてきたように、張りつめていて隙がない。
「紹介しよう。これからあなたの後見人となるアヤノ・キタムラだ。あなたと同じ日系三世じゃよ。アヤノ君、こちらが〝杉咲舞香〟さんじゃ。面倒見てやってくれ」
「キタムラです。よろしくお願いします」
アヤノ・キタムラは少しも遜色のない日本語で話した。おそらく私の家と同様、日本語教育を徹底していたのだろう。
「杉咲です。こちらこそよろしくお願いします」
「では、早速こちらへ……」
アヤノがタケモト氏に一礼して退室したので、私もその後について行った。外で待機していた先程の初老の婦人が、私たちをある一室に案内した。その中には女物の衣服が畳んで用意してあった。
「……すぐにこれに着替えて」
アヤノは衣服を指差していった。
用意された衣服は下着から何まで全て日本製。白いブラウスにグレージュのフレアスカート……日本ではこういうのが流行っているのかしら。そんな私の気持ちを察したかのようにアヤノがいう。
「あなたの趣味に合うかどうかわからないけど、これが一番目立たない格好なの。当面あなたが心がけることは普通であること、目立たないこと」
目立たないこと……それはアメリカナイズされたメンタリティーには、とても抵抗のあることだ。日本人の血は引いていても同様である。しかしアヤノのいう通りにしなければ命に危険が及ぶ。
†
サンフランシスコ発成田行きの飛行機に乗ると、小型のプレイヤーを渡された。
「到着するまで、これで日本の流行の音楽やドラマをよく鑑賞しておいてね。とにかく、普通の日本の女子になりきるのよ」
飛行機が一定の高度まで上昇し、ベルトサインが消えると、私はプレイヤーを再生しようとした。ところが、アヤノがまた話しかけてくる。
「それにしても、あなたを護送した捜査官たちが刺客だってよく気がついたわね。おそらくそれがあなたの運命の分かれ道だったのよ」
「ええ、はじめから違和感を感じていたんです。それが実行犯の硝煙の匂いでした」
「でも、本当にLONと繋がっているのはその実行犯ではないわ。FBIの中にLONと密接な繋がりを持つ人間がいる。……おそらくその人物の指揮で動いているのよ」
「そういえば……父がこんなダイイング・メッセージを残していましたけど……」
私はメモ用紙を出してそこに六芒星と「友」の字を書いた。それを見たアヤノが納得した表情を見せた。
「何かわかったんですか?」
「舞香さん、あなたは教会には行っていた?」
「いえ。私の家は無宗教でしたから」
「そうか、じゃあ説明するわ。この六芒星は旧約聖書に登場するダビデ王の象徴なの。そしてその親友といえば、サウル王の子、ヨナタン。すなわちヨナタンが犯行の重要人物だとお父さんは伝えようとしたのよ」
「ヨナタン……誰でしょうか」
「わからない? ヨナタンは英語読みではジョナサン」
「つまり、父の部下だったジョナサン・フォード捜査官……!」
私はゾクッとした。犯行に関わったのはフォード捜査官の部下だけではない。ジョナサン・フォード捜査官自身がその陣頭指揮を取っていたのだ。もし私があのまま逃げずにいたら、今頃殺されていた……。
私は恐怖を払拭するためにプレイヤーでドラマを見続けた。しかし、一話が終わるまでに私は眠ってしまい、気がつけば飛行機は成田への着陸態勢に入っていた。