この違和感、なんだろう
フォード捜査官の部下は黒塗りセダンの前まで私を案内すると、後部座席のドアを開いて私に入るよう促した。一行が乗車すると、運転手は車を発進させた。
助けてもらっている……はずなのに、何か違和感を感じる。それが何なのかわからない。
助手席の捜査官は無線で私を保護して移動中であることを報告している。フォード捜査官とおぼしき声が、無線のスピーカー越しに聞こえてくる。無線連絡に一区切りついた捜査官は、私に話しかけるために後ろを振り向いた。
「ところでミス・フナヤマ、お父様のメモには何が書いてあったか、心当たりはありますか?」
「……いえ」
とりあえずそうこたえた。なぜか直感的に六芒星と「友」の字のことは、今いわない方が良い気がした。その時、ふとひとつの疑念が湧いた。
私は父が死ぬ間際に「何かメッセージを残した」とはいった。しかし、その媒体については何もいっていない。いまどき、メッセージを残す手段は筆記以外にもたくさんある。父が手帳にメモ書きしたことは、私と犯人以外知らないはずだ。どうしてこの捜査官が知っている?
とその時、違和感の正体に気づいた。右隣の捜査官から、かすかに硝煙の匂いがしていたのだ。そういえばこの人、さっき車のドアを開けてくれた時、左手で開けたっけ……。カボチャ面を被った犯人も、左手に拳銃を持ち、左手でメモを引きちぎった。もしかしたら右隣にいるこの捜査官は私の家族を射殺した実行犯かもしれない。
疑惑は徐々に確信へと変わり、私は身の危険を感じた。彼らは私をかくまうフリをして殺すつもりなのだ。逃げなければ。しかし、私が勘付いたことを彼らに悟られたら危険だ。私は逃げ出すための絶好のチャンスがくるまで、つとめて平静を装った。
しばらくハイウェイを走行している内にガソリンが少なくなったのか、車はガソリンスタンドに入っていった。私は、今が逃げ出す絶好のチャンスだと思った。
「すみません、トイレに行きたいんですけど……」
こういう時、仲間に女性がいれば同行させて監視できる。しかし男性だけで来たのは彼らの誤算だ。
「すぐに出ますから、早めに戻ってきてください」
助手席の捜査官がそういうと、私は車を出た。しかしどうやって姿をくらまそうか。そう考えている時に、一台のスポーツカーがやってきて給油機の横に止まった。そして運転手は車を降りて詰所に向かった。アメリカのガソリンスタンドでは、給油前に料金を先払いするところが多いのである。ところが、その車の運転手は鍵を挿したまま、詰所へ向かってしまったのである。
私は捜査官たちの目を盗んでその車に近づいた。そして何気ないふりをして運転席に乗り込み、エンジンをかけた。詰所から運転手が飛び出してきて何か叫んでいる。私はかまわずに車を発進させた。ちなみに私は運転免許証を持っていない。でもオートマチック車なので何とかなるだろうと自分に言い聞かせた。何より自分の命がかかっているのだ、何とかしなければいけない。
しばらく走っていると、私の逃亡に気づいた捜査官たちの車が、後を追って背後に貼りついた。私はアクセルをいっぱいに踏み込んで逃げ切ろうとした。向こうは三人の男性を乗せたセダン車。しょせんスポーツカーの相手ではない。私の運転する車はグングン加速し、捜査官たちの車を引き離した。もう追手の姿も見えなくなり、ホッとした……のもつかの間、エンジンがプスンプスンと音を立てて停止してしまったのだ。給油前だったので、ガソリンは空に近い状態だったのだ。私は車を路肩に乗り捨てて、ハイウェイから脱出した。
とにかくここを離れなければ、そう思ったが、ガムシャラに逃げ回っても体力を消耗するだけだ。私は父が以前いっていたことを思い出した。
──もし、身の危険を感じることがあったら、サンタ・バーバラにいるマサト・タケモトという茶道家を訪ねなさい──