名前だけイケメンってのもな
舞香がオレの部屋で気を失い、そして出ていってから数日がたち、数週間が過ぎた。あれから一度も舞香の姿を見ていない。ティッシュ配りをしても、駅でピアノを弾いても姿を見せなかった。キヨシもそのことが気になっていたようだ。
「フレアスカートの舞香ちゃん、どうしたんだろうね」
「くそっ、人の心をもてあそんでおいて、急にいなくなるなんて……ふざけんな、おれは『好きだ』のうち『す』しか伝えてねえんだぞ!」
「もてあそんではないと思うが、気になるな。警察に捜索願は出したのか?」
「身内じゃないって言ったら、相手にしてもらえなかったよ。もともとオレは暴れて捕まってるからな。ヤツラもオレのこと、あまりよく思ってねえんだろ」
「いや、それは関係ないと思うけど。警察がダメなら、オレのダチで何でも屋をやってるヤツがいるんだけど、ソイツに頼んでみるか?」
キヨシと一緒にその何でも屋を訪ねてみることにした。木村宅也と名乗るその男は、名前から連想されるイメージとは程遠く、メタボリックなだらなしない体型をしたブ男であった。そんなオレの思いを見透かしたようにキヨシがフォローする。
「コイツはこう見えてもイイ仕事するんだ。安心しろ」
「別に心配はしてねえよ」
何でも屋の木村はオレたちのやりとりを見過ごしてから本題を促した。
「ええと、確認しますねェ。気になってた女が急に姿を見せなくなったと、それで田村サンの自宅に一度泊まりには来たけど、肉体関係なし、恋人関係でもないと。そんなところでよかったですかねェ?」
その通りだ。しかし言葉選びにデリカシーがないのに少しムッときた。まあオレだって言えた義理ではないが。
「ああ、そうだよ。で、探せんのか?」
「その女について、どれだけ情報がそろっているかによりますがねェ」
「名前は杉咲舞香、年齢は二十代半ばくらい。いつもグレージュのフレアスカートを履いていて、顔は十人並み……そんなところかな」
すると木村はやれやれ、と欧米人がよくやるゼスチャーをしてみせた。
「手がかりってそれだけですかねェ。それで人探せって、勘弁してほしいですねェ」
いちいちしゃくにさわる言い方をするので、ブチ切れそうになるオレをキヨシが手で制した。
「それだけじゃない。オレは彼女のマイナンバーも覚えている。それと、顔はこんな感じだったかな……」
キヨシは鉛筆と紙を借りると、舞香の似顔絵を描き始めた。それがその辺の似顔絵師など足元におよばぬくらい、クォリティーが高かった。
「すげえ。めちゃくちゃそっくりだ! キヨシ、こんな才能あったのかよ!」
「すごいですよねェ。安西サンは絵画コンクールで県大会優勝までこぎつけたことがあるんですよねェ」
へえー、っていうか木村、何でおまえが安西の自慢をするんだよ!
「まあ、オレのスペックの話はいいから。木村、こんだけそろっていたら探せるよな?」
「ええ。1週間もあれば探し出せるでしょうねェ」
木村は自信満々に言い切った。
†
ところが、1週間たっても木村から何の連絡もなかった。電話をかけてもまったく繋がらないので、キヨシにそのことを知らせた。
「信じられんな……木村が今まで仕事を投げ出したりバックれたりしたことはなかったんだが……」
「ホントかよ、なんか最初から胡散臭い気がしてたがな」
「とにかく、奴の事務所に行ってみよう」
そうして木村宅也の事務所の前までやってきたのだが、入口は鍵がかかっていて入れず、ドアには張り紙がしてあった。
──都合により、しばらく休業します──
それはまるで慌てて書いたように、汚い文字で殴り書きされていた。
「っていうか、ふざけんなよ! 着手金ネコババして夜逃げかよ!」
「いや、奴が借金してるとか、そんな話は聞いたことないけどな……」
とその時、背後で〝気配〟がした。
「大丈夫。お金はちゃんと払い戻すわ」
振り向くと、そこには鉄のように冷たい表情をした若い女が、こちらを見据えて立っていた。この痛いほど吹きつけてくるオーラ。オレは確信した。最近オレのあとをつけていた〝気配〟の正体はこの女に間違いない。