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ピアノのある終着駅  作者: 東空 塔
第三章 田村カイ(たむら・かい)
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どうせその依頼、ずっと前に受けてたんだろ

 オレはケタタマシイ電話の音で目を覚ました。時計を見ると午前11時。フリーターの身とはいえ寝坊しすぎだ。頭がぼうっとするのを(こら)えて受話器を取る。

「ういー、田村……」

「おう、安西だけど、……なんだおまえ、今まで寝てたのか?」

「キヨシかよ、何の用だ」

「急にデモテープの依頼受けたんだけどな、おまえ、ギター弾いてくれねえか?」

 カセットテープがもはや化石となったこのご時世でも、デモ音源のことをデモテープと呼ぶ業界人は少なくない。オレの数少ないダチである、安西キヨシもその一人だ。キヨシはイベント会社でPAの仕事をするかたわら、自分のスタジオでDTMの制作などをやっている。たまに動画のオリジナル音源や、オーディション用のデモテープの依頼を受けたりする。今回の案件もその一つだ。

「どうせヒマだからいいけど、いつまでに仕上げたらいい?」

「ちょっと急ぎなんだよね。悪いけど今からスタジオに来れる?」

「今から?」

 キヨシはあまり時間をよこさない割に、きっちりクォリティーは要求する。仕事としては実に理不尽だが、万年金欠のフリーターとしては貴重な収入源だ。オレは部屋の隅にあったエレキギターを、ソフトケースに入れて家を出た。


 キヨシのスタジオは、とある女性起業家の自宅にある。……いうなれば、キヨシは彼女のヒモということになる。呼鈴を鳴らすと家主が出ているのか、キヨシが玄関まで出てきた。

「悪いなカイ、急に呼んで」

「おまえのラストミニッツは、今に始まったことじゃねえし」

 そういうとキヨシは狡猾に人の良さそうな照れ笑いを浮かべる。不衛生に縮れたロン毛と無精ヒゲが、一見ワイルドそうではあるが、だらしなく開かれた口と、目と目の間の広い容貌は、おせじにも(?)コワモテとはいえない。家主の女性起業家は、すこし年は食ってるけど、それなりに美人だ。どうしてこんなブ男を選んだのか、まったくもって謎である。

「で、どんな風に弾いたらいい?」

「ちょっと大人気(おとなげ)ないディストーションで……リッチー・サンボラみたいなのをご所望とのことだ」

「それ即興でやらせることかよ」

 キヨシはまた〝狡猾なお人好しスマイル〟で返す。そして、かれこれ一時間ほどでキヨシのOKが出た。

「カイ、最近なんかあったか?」

「なぜそんなこときく?」

「なんつーか、おまえ、集中してなかったろ?」

「ストイックなコンセントレーションなんて、もともとガラじゃねえよ」

「別に今日のデキがどうとか言ってるんじゃないんだ。なんかおまえ、いつもと違うぞ。まるで巨大な隕石と衝突して別の惑星に生まれ変わっちまった、みたいな……」

「そんな大袈裟なモンじゃねえけどな……」

 オレはキヨシに昨日の出来事を話した。内村麗二の映像見て、ムカついて、ゴミ箱蹴ってたら警察に捕まった話。そして駅のピアノで腹立ち紛れにデタラメな歌をわめいていたら、フレアスカートの妙な女が耳をすませて聴いていたこと。 

「おまえさ、無駄に警察動かしてんじゃねえよ。やつらの人件費、オレらの血税から出てるんだぞ」

「それ、ロクに税金払ってないオレへの嫌味か」

「それはともかくとして……そのファンの子、かわいいの?」

「……まあ、どっちかと言えば」

「じゃあ、付き合っちゃえよ。おまえどうせ彼女いないじゃん」

「それが妙に〝いい子ちゃん〟で苦手なタイプっていうか……しかもすげーマイペースで、まともに相手していたらおかしくなりそうだ」

「へえ。でも〝いい子ちゃん〟はカモフラージュかもしれんな」

「はあ?」

「そういう女ってのは、実はケッコー重たいモン背負って生きてたりするんだ。回復の見込みのない病気とかな」

「ドラマの見過ぎじゃねえのか」

「そうだなぁ。発病を知ったその子は、表向きは元気に振る舞いながら、内心は絶望感に苛まれている。そんな最中におまえと出会う。初めはツンツンしていたおまえも彼女にかれ、心を開く。やがておまえは彼女の病気のことを知り、悩むが結局彼女を選ぶ。ところが運命は、情け容赦なく彼女の健康を奪い、最後はおまえの腕の中で愛をささやく……くぅーっ、泣けるねえ」

「殺すぞ、勝手にお涙ちょうだいの話作ってんじゃねえよ」

 キヨシは昔から悲劇のヒロインが大好きで、そういうドラマを見るとたちまちヒロインを演じた女優のファンになってしまう。「べつに」発言で世間のバッシングを浴びた某女優についても、「世界中を敵に回してもオレだけは彼女の味方だ!」とうそぶいていた。

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