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ピアノのある終着駅  作者: 東空 塔
第二章 百瀬結奈(ももせ・ゆな)
22/76

昔、西洋の音楽家は生きるために教会に仕えたけど、その頃日本ではキリシタンは死刑だったのね

「岩井……隆!」

 父の元妻、岩井順子の子の名は岩井隆だった。

「やっぱりタカシさん、私の兄だったのね……」

 我を忘れて呆然とする私に、舞子がよくわからないフォローを入れる。

「そ、そうと決まったわけじゃないでしょ? タカシなんて名前の人、世の中いくらでもいるじゃないの」

「でも現実は現実として受け止めないと。結奈のお兄さんの名はタカシ、お父さんの作った曲を弾いていたのもタカシ、すると三段論法で二人は同一人物確定じゃない?」

 と、結奈もヘンチクリンな理屈で対抗し、舞子もムキになって応戦する。

「三段論法がいつも正しいとは限らないわよ。ウサギが白くて、砂糖が白いからってウサギと砂糖は同じじゃないでしょ」

 私は面倒くさくなって頭をかきむしる。

「ああ、もうわけわかんないし。でも、タカシさんが私の兄……岩井隆だとすると、納得のいくことがいくつもあるの。そもそもあの暴言だって、私が妹だってわかってたから吐き出せたんじゃない? ほら、兄弟って互いに思い合っても、つい憎まれ口を叩いたりするでしょ?」

「うん。たしかに……」

 留美がうなずく。彼女にはお兄さんがいたのだ。

「ま、とりあえず目的は果たせたんだし、せっかく大阪に来たんだから、なんばでたこ焼きでも食べない?」

 舞子は立ち込める暗雲を振り払うように提案したが、自他共に認める〝歴女〟の留美が異を唱える。

「なに言ってるの、大阪府茨木市といえば、千堤寺せんだいじのキリシタン遺物史料館でしょ!」


      †


 留美の鶴の一声で、私たちの次の行き先が決定した。千堤寺地区は茨木市街の背後にそびえる山の上にある。およそ一時間に一本しか出ない、片道500円もするバス。山道を走るバスに揺られながら、留美は目的地の千堤寺地区について蕩々(とうとう)と話す。

「現在の茨木市にある千提寺や下音羽地区は、キリシタン大名として有名な高山右近の領地だったの。交通の不便な山上という地理的な条件も相まって、キリシタン禁制後も、その地域の人々は信仰を守り続けてきたのよ。それが、大正時代に入るまでそのことは誰にもわからなかったんだって。そうそう、教科書で出てくるフランシスコ・ザビエルの絵……あのザビエルが十字架の刺さった心臓を持ってる絵ね。あれって、ここで発見されたのよ」

 そんな説明を受けながらも、私の頭の中は岩井隆のことでいっぱいだった。どんな事実が明らかになったからといって、一度炎のともった恋心が消えるわけじゃない。……やっぱり、兄のこと、お父さんに直接聞かなくちゃ。私はその思いを心の中で何度も反芻(はんすう)する。


 バスを降りると、見渡す限りの農村風景。ここから数キロ山を降りれば、人々がひしめく都会があるなんて信じられない。まるでタイムマシンに乗って何百年も過去にワープしたようだ。

 史料館は田舎の民家のような建物だった。中に入ると、係員が出てきて応対してくれた。平日ということもあって他に来訪者もなく、係員は私たちにつきっきりでいろいろ説明してくれた。そして留美が逐一質問するので、なかなか進まない。それほど展示は多くないのに、かなりの時間をそこで費やすことになった。

 キリシタンの遺物って、迫害を彷彿させるような、血生臭いものを想像していたけど、ここに展示されているのはどちらかといえば装飾品などきれいなものが多い。きっと陸の孤島のようなこの山奥で、迫害を逃れて信仰を守ることができたのだろうと想像する。


 再びバスに乗り、麓に降りた時は異世界から戻ったような不思議な感覚だった。タカシさんのことも、来る前よりはずっと冷静に受け止めることができた。

 私たちは阪急茨木市駅から天下茶屋行きの電車に乗り、日本橋で降りた。そこからなんばグランド花月の斜向かいにあるたこ焼き屋で昼食を取ったあと、気の向くままに町をぶらついた。そして頼まれたお土産を買い揃えると、港堤駅行きの長距離バスに乗り込み、帰路についた。バスが走り出すと、私は強い睡魔に襲われ、深い深い眠りについた。

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